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フランスライシテの理念と現実 ニカブ着用は事件か

上智大准教授 伊達聖伸

2014年12月17日付 中外日報(世界宗教地勢)

フランス

10月下旬、パリの歌劇場オペラ・バスティーユで、頭髪と顔の下半分をヴェールで覆い最前列で鑑賞していたニカブ姿の女性が、公演の途中で退席させられたと報じられた。このニュースを聞いて、ライシテ(フランス独特とされる政教分離体制)の理念と国内のムスリムが対立している様子を思い描く人は少なくなかろう。

だが、女性と連れの男性は湾岸諸国からの豊かな観光客で、劇場スタッフは幕間にフランスでは法律で禁じられていることを説明、顔を見せるか退席するかを提案したところ、男性の側が女性を促して2人で静かに退席したというものだ。最前列の席は1人あたり231ユーロだが、払い戻しの要求もなかったという。そもそもこの出来事が起こってから、メディアが最初に伝えるまで半月以上が経過している。そこまで「事件性」がなかったはずのものを、「事件」として報じているようにも見えるのである。

2004年の「ヴェール禁止法」は公立校における宗教的標章の着用を禁じ、10年の「ブルカ禁止法」は公共の場で顔を隠すことを禁止するものだ。二つの法律はたしかに1989年以来のスカーフ論争と、9・11以来再び高まったイスラモフォビアの延長線上にある。しかし、多くの人が抱いている通念に反し、これはライシテの論理の貫徹ではない。

2010年の法律の制定に際して国務院が示した判断によれば、ライシテの原則が適用されるのは、公的機関とその職員に対してであって、社会や個人に対してではない。公立校は公的機関に準ずる扱いゆえ、04年の法律は曲がりなりにもライシテの原則に基づく。だが、ライシテは良心の自由と信教の自由を保障するものでもある以上、公共空間でのブルカ禁止を定める法律の根拠にはなりえなかった。同法にはライシテという言葉は一度も出てこない。法律の根拠は、男女平等の理念と治安の論理である。

ブルカ禁止法を受けて、パキスタン出身のフランス人女性が、自分は男性に強制されてブルカを被っているわけではない、治安の理由で必要なときには顔を見せてもよいとし、同法は差別的であるとの見解をヨーロッパ人権裁判所から引き出そうとした。同裁判所は14年7月、彼女の思想・良心・信教の自由は侵害されていないとの判断を下した。その一方、全面禁止は行き過ぎで、ヴェールを着用する女性の状況を悪化させかねないとの憂慮も示した。

この判決が出る数日前には、最高司法裁判機関であるフランス破棄院が、08年に起こったヴェール事件についての最終判断を下した。これは私立の託児所に勤務するムスリム女性が、ヴェール着用を理由に所長から解雇された事件で、数年に及ぶ裁判の末、この託児所は私立だがライシテの理念を持つべき場であるとされ、所長側の勝訴が確定した。

一方、オペラ・バスティーユでの「事件」が報じられた数日後、国民教育大臣は公立校に通う生徒の送り迎えの母親のヴェールを容認する見解を出した。「ライシテの精神を損ねる」と批判する者もいれば、「これぞライシテの精神」と評する者もいる。

ライシテとイスラムのヴェールは、錯綜しながらホットな話題であり続けているが、今日のフランスを取り巻く国際情勢を考えると、情報の発信側と受け手側が、共和国対ムスリムの安易な二項対立でこの問題をとらえがちであることが気がかりだ。

だて・きよのぶ氏=専門は宗教学、政教分離。著書は『ライシテ、道徳、宗教学―もうひとつの19世紀フランス宗教史』。