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モンゴル流入する多様な宗教 民族主義的な表現過熱

長崎大准教授 滝澤克彦

2015年2月4日付 中外日報(世界宗教地勢)

モンゴル

1990年の「民主化」によって、モンゴル国が社会主義体制を放棄し、資本主義への道を歩み始めてから、はや四半世紀がたとうとしている。この間、モンゴル社会はグローバル化の渦に巻き込まれ、劇的に変化してきた。モンゴルの宗教も、そのような社会状況を反映し、きわめて多様化してきている。民主化は社会主義の無神論から宗教を解放し、それによって仏教やイスラームなどが復興したが、一方でキリスト教を中心とする外国宗教も新たに流入してくることになったからである。

特に、著しく成長してきたのがキリスト教福音派である。福音派は、この25年の間にモンゴル国全体で600以上の教会を設立し、8万から9万人におよぶ信徒を獲得してきた。これは、モンゴル国人口300万人の約3%にあたる。社会主義時代にキリスト教徒の数がほぼゼロであったことを考えるなら、驚くべき成長である。

その背景には、国際的な援助や韓国への出稼ぎ労働など社会的要因を認めることもできる。しかし、グローバルな装いを持つこの新たな宗教の流行をどう捉えるべきか、多くの人々はまだその方法をつかみあぐねている。特に、福音派を含めた外国宗教に批判的な人々の多くは、それらを「民族の融和に対する脅威」と位置づけてきた。

民族主義は、社会主義崩壊後のモンゴル国における中心的な国民統合の原理となってきた。仏教は、そのような民族主義の宗教的支柱になろうとしてきた。人口の5%ほどを占めるカザフ人はイスラーム教徒である(多くはバヤン=ウルギー県に居住)が、彼らとの関係も「民族」の共存というかたちで調和が図られてきた。

しかし、福音派など外国宗教は、このような枠組みを超えていたのである。中国とロシアという2大国に挟まれたモンゴル国において、「民族の融和に対する脅威」という批判は決して軽いものではない。それに対して、福音派教会の側でも、例えばチンギス・ハーンとキリスト教の密接な関係を強調するなど、一部に民族主義との融合を図ろうとする動きが見られる。

しかし、2000年代に入り、05年以降、民族主義の表現はより過熱してきた。外国人や外国店舗に対する排斥・破壊など、過激な活動を行う複数の暴力的な民族主義グループが生まれた。その背景には、00年に入って進められた鉱山開発による急速な経済的グローバル化と、それに伴う経済格差の拡大が考えられる。

そんな中、シャマニズムは仏教よりもラディカルな民族性を体現する表象となりつつある。シャマンたちは、病気や失業など困窮した人々の災因を霊的に暴くことで社会的存在感を増してきており、その数は現在2万人に達するとも言われる。

また、5年前にはあまり目にすることのなかった、スカーフをかぶったカザフ人女性の姿も一般的になってきた。熱心なムスリムは、ハッジ(マッカ巡礼)や留学などを通して、国外のイスラーム社会とのつながりを深めつつある。モンゴル国においてはマイノリティーであるカザフ人も、自らのアイデンティティーを改めて宗教に求めようとしている。

これらの民族と宗教をめぐる新たな表現に対して、「民族」の調停をめぐるモンゴル国の従来の枠組みでどこまで対応することができるのか、それが問題となりつつある。

たきざわ・かつひこ氏=専門は宗教学、モンゴル研究。著書には『越境する宗教 モンゴルの福音派』など。