ニュース画像
避難所となった当時を振り返りながら講話する本川住職
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

中東イスラム復興とは落差 「IS」は西欧の鬼っ子

元NHK総合プロデューサー 荒木重雄

2015年3月4日付 中外日報(世界宗教地勢)

中東

残虐な人質殺害で世界を震撼させた「イスラム国」とはなにか、各界で議論を呼んでいる。

すべては2003年の米ブッシュ政権によるイラク攻撃から始まった、とするのは多くの論が一致するところである。大量破壊兵器を隠し持っているとみた米国は、武力侵攻でフセイン政権を崩壊させ、戦後復興を宗派分割支配で進めた結果、宗派対立が激化し、11年末の米軍撤退までに犠牲になった市民は10万人を超えた。

市民に広がった反米感情を背景に勢力を伸ばしたのが、「イラクのアルカイダ」などの過激派組織だ。これに、放逐された旧フセイン政権の軍人や官僚、戦後復興から取り残されたイスラム教スンニ派部族勢力などが合流し、さらに、欧米の差別・格差社会で底辺に追いやられてきた、多くはイスラム系移民2世の若者たちも加わって出現したのが「イスラム国」である。いわば、世界の不公正と不満を因に生まれ育った組織である。

この組織が従来の国際テロ組織と異なる点は、たんに欧米を攻撃するだけでなく、自らの国、すなわち実効支配領域を広げることをめざしていることである。「イスラム国」は「サイクス・ピコ条約体制を破壊し、レバントの国境線を消滅させ、カリフが治める統一したイスラム国家を創設する」ことを目標に掲げている。

サイクス・ピコ条約とは、オスマン帝国を解体・分割して植民地化を企てた英・仏・露が第1次大戦中に策した秘密協定で、それによって現在の中東の国境線は引かれた。中東の諸問題の根幹をなすパレスチナ問題もここに起因する。

レバントは、地中海東岸の歴史的呼称で、現在のギリシャ、トルコ、キプロス、シリア、レバノン、イスラエル、ヨルダン、エジプトを指すが、これらの国々が旧オスマン帝国からサイクス・ピコ条約の影響で生まれたのである。「イスラム国(IS)」の前の名称は「ISIL(イラク・レバント・イスラム国)」で、安倍政権は「イスラム国」を国家として認めない立場からその呼称を「ISIL(アイシル)」とこだわるが、皮肉なことにそれは、これらの国を以前の統一した地域に戻そうという「イスラム国」の主張を認めることになる。

「イスラム国」はカリフを元首とするが、カリフとは、預言者ムハンマドの「代理人・後継者」の意味で、伝統的イスラム国家の最高権威者・指導者を指す。初代カリフは、ムハンマドの盟友でもあったアブバクル(在位632~634)である。現在の「イスラム国」でカリフを自称するアブバクル・バグダディは、本名は不明だが初代カリフの「アブバクル」の名を取って、オスマン帝国の解体とともに廃止されたカリフ制の復興を主張しているのである。

レバントの国境線を消滅させカリフを戴く統一的なイスラム国家(社会)の実現という主張は、過激派のみならず、近・現代史において苦境を嘗めてきた穏健なイスラム教徒にとっても、一定の惹きつけられるものがある。それは、かつて欧亜を跨ぐ版図を持ったウマイヤ朝やオスマン帝国の理想的再現であろう。だが、広大な領域の安定のためにも、イスラム教スンニ派の理念を掲げながらも多様な宗教や民族の自治・共存を認めていたこれらの帝国の寛容性・成熟と、現「イスラム国」の所業の間には、あまりに絶望的な落差がある。

あらき・しげお氏=元桜美林大教授。専門は社会学、地理学。アジア圏を中心に各国の社会情勢について研究。著書は『新アジア学』など多数。