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イギリス宗教に揺れる教育界 イスラムとの共存模索

東京大大学院准教授 藤原聖子

2015年4月1日付 中外日報(世界宗教地勢)

イギリス

昨年来、イスラム過激派組織ISに参加しようと欧州から渡航する若者たちのことが度々報道されている。昨秋の時点で、その数はフランスから700人、イギリスから500人となっていた。

公立校でイスラム教徒のスカーフ着用を認めないフランスならば、宗教に対する抑圧が若者の反発の一因になったという説明が可能かもしれない。ところがイギリスは、フランスとは対照的に多文化主義政策をとり、学校ではイスラムを含む様々な宗教を尊重するための宗教教育を行ってきた。多文化・多宗教共生教育のモデル国とされてきたイギリスから、なぜISを目指す若者たちが出ているのか。

英政府はその解明を急務とし、昨年11月にオフステッド(学校を視察する政府機関)が調査を行った。結果は、東ロンドンにある一部のイスラム系私立校が、過激思想の影響に晒されているというものだった。教師が過激派というわけではないが、イスラム教育に比重をかけ過ぎているため、生徒たちの視野が広がらず、過激派の言うことをまともに受けやすくなっているというのである。イギリス社会の価値である、民主主義、個人の自由、相互尊重などが身についていないし、中学修了試験で落第する生徒の比率が高いという指摘がなされた。

宗教教育を専門とする、ロンドン大学キングスカレッジのA・ライト教授によれば、宗教系私立校に教育の自由を認めるかどうかは、過去にもユダヤ人学校をめぐり議論された。しかし、そのような学校の教育に対し監視、介入したり、さらには禁止したりするよりも、「信頼していますよ」と政府と社会の懐の深さを示す方が、宗教側は過激化しないものだという見解が優勢だった。それに比べると、今回は厳しい評価がなされたわけだが、背景には、シリア渡航問題のほか、同年3月に露呈していた、イスラム過激派が教育に影響を及ぼしていたとされるバーミンガム市の事件がある。

これは、市内の各学校の校長を追いだし、イスラムのルールに則って学校を運営する者をつけよという指令を書いた、差出人不明の手紙が見つかったことに端を発しており、やはり調査が行われた。ところが、学校が極端なイスラム主義の影響下にあるかどうかについては、報告者によって意見が分かれてしまった。それが、その半年後には、500人もがISに渡ったというデータが出たため、「それ見たことか」と警戒派が勢いに乗ったというのが経緯である。

こういった事件が話題になればなるほど、イスラム教徒をまとめて敵視する「イスラムフォビア」を防ぐことも、学校教育の任務となるだろう。諸宗教について学びながら共存を図る宗教の授業は、教育理念上も国策上も今ほど必要になったことはないのではないか。

ところが政府の最近の教育政策は、宗教教育にむしろ打撃を与えた。中学修了試験制度を改革する過程で、試験科目から「宗教」を抜いたのである。宗教科は必修のはずなのだが、学校間の競争が過熱するなか、試験科目の教科に力を入れるため、宗教科を外す中学校が続出した。宗教教育界は声をあげているが、この趨勢は簡単には変わりそうにない。

教育の自由、信教の自由、経済競争の自由、民主主義の自由が衝突する現状をどう打開するかがイギリス教育界の大きな課題となっている。

ふじわら・さとこ氏=専門は比較宗教学。諸外国の公教育における宗教の教え方について研究している。著書に『教科書の中の宗教』など。