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サウジアラビアメッカ巡礼の圧死事故 「守護者」の威信傷つく

新潟大准教授 青柳かおる

2015年11月4日付 中外日報(世界宗教地勢)

サウジアラビア

今年9月24日、サウジアラビアでメッカ巡礼の最中、多数の巡礼者が押し倒されて死亡した。なぜこのような事故が起きたのだろうか。

コーラン3章97節によれば、メッカ巡礼はムスリム(イスラム教徒)の5大義務である5行のひとつとされ、可能なら一生に一度は行うべきとされている。巡礼者は、西暦とは異なる太陰暦であるイスラーム暦の12月(巡礼月、ズー・ル・ヒッジャ月)8日から10日までの間に、メッカとその郊外の複数の場所を巡る。カアバ神殿の周りを回る儀式(タワーフ)のほかに重要な行事として、メッカから数キロのミナーにおいて、アブラハムの故事にちなみ悪魔に見立てた石柱(ジャムラ)に小石を投げつけるという儀式があり、今回の事故はその際に発生した。

20世紀後半の交通機関の発達およびイスラームの復興に伴い、1950年代には巡礼者は10万人程度だったが、近年では200万人以上に膨れ上がった。メッカ巡礼中の将棋倒し事故は過去に何度も起きているが、とくにミナーの石投げの儀式は狭い場所に多くの人が殺到するため非常に危険であり、たびたび犠牲者を出してきた。2006年1月の圧死事故の後、当時のアブドッラー国王の命により、より多くの人が一度に石を投げられるように石柱は大きな壁に全面的に改築された。それにもかかわらず、一部のメディアによれば、今回の圧死事故は道路のひとつが封鎖され、通行が滞ったところに巡礼者が殺到して生じたという。

さて、ムスリムにとって聖地とはどのような場所なのだろうか。第一の聖地は、アッラーの玉座の下にある館を地上に再現したとされるカアバ神殿を囲む聖モスクを擁するメッカ、第二の聖地は、ムハンマドの墓廟を取り囲む預言者モスクを擁するメディナ、そして第三の聖地は、ムハンマドがそこから天馬に乗って天に上ったとされる岩のドームおよびアクサー・モスクを擁するエルサレムである。メッカとメディナはとくにハラム(禁域、聖域)とされ、戦闘、狩猟や草木の伐採および異教徒の立ち入りが禁止されている。サウジアラビア国王はこれらの「二聖都の守護者」とされ、サウジアラビア政府は巡礼が円滑に実施されるための対策を十分に取ることが求められている。

二聖都がきちんと守護されているかどうかは、世界中のムスリムが注目しており、その管理能力が疑問視された場合、大きな波紋をもたらすことがある。たとえば湾岸戦争の際、多国籍軍がサウジアラビアに駐留したときに、サウジアラビアの「二聖都の守護者」としての威信は大きく傷ついた。その結果、国内からサウジアラビア政府への政治改革要求が提出された上に、ビン・ラーディンが多国籍軍の駐留を非難し、反米・反サウジアラビア活動を展開したのである。

今回の事故は過去最悪の犠牲者を出し、サルマーン国王は巡礼の運営方法を見直すよう指示したものの、イランの最高指導者ハーメネイー師をはじめとするイスラーム世界の要人が、巡礼の管理能力が欠如しているとしてサウジアラビアの責任を問う声明を発表した。今後、サウジアラビアが今回の事故にどのように対応するのか、また国内外でサウジアラビア政府に対する反発の動きが出てくるのか、注目したい。

あおやぎ・かおる氏=専門はイスラーム思想史、イスラームの生命倫理。著書には『ガザーリー 古典スンナ派思想の完成者』など。