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イギリスEU残留を説得できず 指導者と信徒に溝

慶応義塾大非常勤講師 原田健二朗

2016年7月27日付 中外日報(世界宗教地勢)

四つの地域別の投票結果(得票率)
四つの地域別の投票結果(得票率)

先月に行われた国民投票により、イギリスはEU(欧州連合)を離脱することになった。国論を二分し、欧州統合の行方にも大きな影響を与えうるこの歴史的転機に関しては、政治、経済、国際関係などの観点から様々な分析が試みられている。しかし、宗教も無視しえない影響を及ぼしている。

イギリスの主要な宗教の指導者のほとんどは、ヨーロッパの平和、国際協調、移民への歓待や寛容などの観点から、EU残留を積極的に訴えた。特に、影響力の高いウェルビー・カンタベリー大主教(イングランド国教会)やニコルズ・ウェストミンスター大司教(カトリック教会)らの言動は、多くの全国メディアで取り上げられた。

ただし、結果からみれば、EU離脱を警告した多くの宗教指導者は、一般信徒を十分説得できなかったと言える。定評ある上院議員アシュクロフト卿による調査によれば、キリスト教徒の58%、ユダヤ教徒の54%が離脱に投票した。これは国民平均(52%)よりも高い。欧州大陸との歴史的関係の深いカトリックより、プロテスタントの方の離脱支持率がやや高く、残留投票者の方が上回ったのはムスリムやヒンドゥー教徒、無宗教者だった。

もちろん宗教のみがEUへの態度を決定するわけではない。宗教は他の様々な社会的属性と絡み合っている。キリスト教徒にイギリス生まれの白人、地方居住者、高年齢者が多く、これらの属性は、いずれも離脱支持を強めるものとなった。

一方、非白人、移民出身者、都市居住者、低年齢者、少数派宗教の信者であるほど、残留支持は強まる。とはいえ、国民の6割が属するキリスト教について言えば、一般信徒と宗教指導者との間に、政治的・社会的展望に関して大きなギャップが存在することは否定しえない。

投票翌日、ウェルビー氏やニコルズ氏は分裂を乗り越え、新たなイギリスの創造に積極的に参画するよう求める声明を出した。国民向けの融和のメッセージだが、教会内になお残る認識の差を埋める努力――特に、過半数の信徒が離脱を求めた様々な理由を理解すること――も必要だろう。

投票日以降、国内で急増した人種差別的事件に対して、宗教指導者らは一致して、投票結果に便乗しようとする悪しき行為だと非難した。ウェルビー氏は投票から4日後、自身の公邸・ランベス宮殿に諸宗教の関係者を招いてイフタール(イスラム教の断食明けの食事)を催し、宗教間の融和をアピールした。こうした点において、宗教界は国民に対してなお強い、象徴的な影響力を持っている。

一方で、人種対立を完全に根絶できていない状況に国民の多数派宗教をなしてきた伝統的なキリスト教も一定の責任を負っているのではないか。今回の国民投票で助長されたと言われる排他的なイングランド・ナショナリズムの形態に、キリスト教界、特にイングランド国教会がどう対処するかは重大な課題である。

EU離脱交渉に向けたイギリスは、なお予断を許さない状況にある。国民世論の亀裂はいまだ修復しておらず、スコットランドや北アイルランドでの地域主義的動きも予想される。

しかし、EU離脱後のイギリスの新しい国作りは、今回の離脱投票者と残留投票者の双方にとって、公正な結果となるものでなければならない。この課題において、宗教界はなお大きな役割を負っていると言えよう。

はらた・けんじろう氏=専門は政治思想、宗教と政治の関係について。著書は『ケンブリッジ・プラトン主義』(創文社)など。