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アメリカ問われる多元主義 トランプ氏の勝利 ムスリムの不安拡大

東京国際大教授 泉淳

2016年12月14日付 中外日報(世界宗教地勢)

ディアボーン(ミシガン州・デトロイト郊外)にある米国で最大級のモスク「イスラミック・センター・オブ・アメリカ」
ディアボーン(ミシガン州・デトロイト郊外)にある米国で最大級のモスク「イスラミック・センター・オブ・アメリカ」

米国大統領選挙でトランプ共和党候補が勝利したことは、米国のムスリム(イスラム教徒)社会に大きな衝撃を与えた。選挙戦中にトランプは、米国へのムスリムの移民禁止を唱え、テロとイスラームを関連づけるような差別的言動を公然と繰り返してきたからである。米国社会では2001年の「9・11テロ事件」以降、「イスラモフォビア」と称されるイスラームやムスリムに対する恐怖心や嫌悪感が存在する。メキシコ移民と同様にムスリムを招かれざる流入者と捉え、その恐怖と不安をあおるトランプのレトリックは「イスラモフォビア」を増幅させた。

米国のムスリム社会は、約330万人との推計(ピュー・リサーチ・センター)がある。米国ムスリムはエスニック的には多様であるが、概ね3分の1ずつで、米国ネーティブの黒人系、移民である南アジア系、および中東系に分かれる。黒人系の多くは、1950年代に興隆した黒人公民権運動組織「ネーション・オブ・イスラーム」の系譜である。移民の歴史は19世紀末にさかのぼるが、60年代以降に増大した移民とその子孫が多数派となる。ムスリムの人口増加に伴い、米国内のモスク(イスラミック・センター)も2千カ所以上に増大している。また、欧州の移民ムスリムと違い、米国ムスリムの社会経済的地位は相対的に高い。

一般に米国ムスリムは飲酒、喫煙、同性婚、妊娠中絶への否定的態度を示す等、キリスト教福音派等と同様に社会的な保守性を示すが、政治的にはリベラルであるという「ねじれ」の性質を持つ。米国ムスリムの政治的リベラル志向は民主党支持につながり、宗教別にはユダヤ系に次いで民主党支持の傾向が強い。

2000年大統領選挙では社会的な保守性とムスリムへの共感を示したブッシュ共和党候補に米国ムスリムの7割が投票した。しかし、「テロとの戦い」でイスラーム圏への軍事介入を強行したブッシュ政権への批判が強まり、04年選挙ではムスリムの9割が民主党候補に投票。さらに08年選挙では、その出自と経歴から「イスラームへの理解がある」とみられたオバマに米国ムスリムの圧倒的な支持が集まった。

今回の大統領選挙では、米国ムスリムはリベラルなサンダース民主党候補を予備選挙で支持した。本選挙ではトランプを嫌ってクリントンを支持するとみられていたが、意外にもムスリムのトランプ支持率が13%と、過去の共和党候補支持率数%よりも増大している(ムスリム人権団体CAIRの出口調査)。この理由として、クリントンの不人気、オバマ民主党政権への失望、そしてやはりトランプによる景気回復への期待が挙げられている。

しかし、米国ムスリム全般にあるトランプへの不信感は強い。トランプ新政権に、反イスラーム的言動の経歴のある人物が複数参加の見込みである。またトランプ政権以上に、勢いづいた右派集団による反イスラーム的な暴走の可能性も危惧される。この逆境の中で米国のムスリム指導者層は、悲観やヒステリーあるいは過激主義に陥ることなく、トランプにムスリムの人権擁護を訴える公開書簡を送るなど、ムスリムの団結と積極的な政治参加を呼びかけている点が注目される。トランプとムスリムとの関係において、米国の多元主義の耐性が試されているといえよう。

いずみ・あつし氏=専門は国際関係論(米国政治外交、中東地域政治)、米国のイスラーム問題にも取り組む。著書に『アイゼンハワー政権の中東政策』など。