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何が民衆を引きつけるのか

高野山と善光寺 信仰の2大聖地(3/4ページ)
2015年5月27日付 中外日報(深層ワイド)

高野山幅広い“大師人気” 外国人・若者・女性が増加

高野山伽藍金堂で「善の綱」を握り本尊・薬師如来と結縁する参拝者
高野山伽藍金堂で「善の綱」を握り本尊・薬師如来と結縁する参拝者
高野山奥之院の水向地蔵に手を合わせる参拝者
高野山奥之院の水向地蔵に手を合わせる参拝者

「お大師さまの人気は絶大だと思う。お大師さまは、皆の心に生きているのです」。節談説教の公演で高野山を訪れた新潟県燕市の澁谷隆阿・真言宗豊山派本覚院住職(66)は、境内を行き来する多くの参拝者を見やりながらこう語った。

弘法大師は密教の道場建立のため、嵯峨天皇の勅許を得て816年に高野山を開創。伽藍を整備し、修行と弟子の育成に努めて835年、奥之院で入定した。今も生身をとどめ衆生を見守っているという入定留身の大師信仰は、時代を超えて人々に受け継がれてきた。

大分県宇佐市の江口新治氏(74)・八重子さん(67)夫妻は四国遍路のお礼参りでやって来た。「お大師さんは若くして中国に渡り、高野山を開かれたすごい人。異国で学ばれたお大師さんに倣って、旅先では人との交わりを楽しんでいる。今生かされているのはお大師さんのおかげ。高野山に来ると優しい気持ちになる」と話す。

ところがここ十数年、このようなこれまでの大師信者とは違う新たな人たちが高野山を目指すようになった。

2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として高野山がユネスコの世界遺産に登録されると外国人の観光者が急増。フランス・ミシュランの旅行ガイドブックで最上位の「三つ星」評価も受け、03年に約1万人だった外国人の山内宿泊者数は13年に5万人を超えた。

近年は歴史や登山、パワースポットなどに関心を持つ女性や若者の来訪も増えている。

埼玉県の20代の女性は「高野山は『気』がいい。昔から守られてきたという空気、他の聖地と違う独特の雰囲気がある」と話す。一緒に訪れた友人の女性も「町は歩きやすいし、緑が多く癒やされる。住んでみたい所だ」と高野山の魅力を語った。

こうした人たちは世界遺産の観光地として、また豊かな自然と、信仰の歴史が生み出す力や気を求めて山に登る。弘法大師の名前すら知らない人も少なくはない。

檀信徒の高齢化や旅行の多様化などで、末寺の団体参拝の人数も減少が続く。50年前の大法会では全参拝者の6割近くを占めたが、今回の団参の割合は2割に満たないとみられる。

こうした傾向は、奥之院収入の減少など本山の財政にも少なからぬ影響を与えているが、添田宗務総長は「瞑想や不思議な霊気に触れるといった目的で山に登られる方が増えたのは事実。こうした方は昔からいたが、新しい観光客によって注目され始めたということだ」と、近年の変化を受け止めている。

「高野山は日本の総菩提所といわれ、昔は祖先供養のために毎年1回お参りに登ってきていたが今はそれも減少した。信仰形態は時代と共に変化するから、奥之院もそれに対応していかなければならない」と述べ、葬送儀礼の在り方など時代の変化を見据えた対応の必要性を認める。

その上で「弘法大師さまが奥之院におられて私たちを見守ってくださっているという信仰を伝え、皆に納得していただくのが最重要。それが枯渇すると全ては無に帰してしまう。我々僧侶が何より自信をもって入定留身を伝えていくべきであり、そのための教育も重要だ」と強調する。