ニュース画像
笏を宗道氏(左)に手渡す宗晴氏
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> 深層ワイドリスト> 死の床に寄り添い共に念仏 役割見直される「臨終行儀」

死の床に寄り添い共に念仏 役割見直される「臨終行儀」(1/4ページ)

2016年12月7日付 中外日報(深層ワイド)

宗教的な要素を交えて、亡くなる人を看取る「臨終行儀」。ほとんど姿を消したが、いま再び関心が高まりつつある。遺族に与える深い安心感や教化力に目を向ける僧侶もいれば、急速に高齢化する社会の中で、役割を見直そうという動きもある。(丹治隆宏)

寺社フェス「向源」では、デジタル復元師・小林泰三氏が開いたワークショップ「日本美術新鑑賞法『賞道』」があり、来場者は屏風に描かれた阿弥陀仏と手を糸で結ぶ臨終行儀を体験した(2016年5月5日、東京都港区・浄土宗大本山増上寺)

長崎県島原市の浄土宗崇台寺の安藤光宣・前住職(70)は、30年余り前に檀信徒の臨終に寄り添った経験を、今でも鮮明に覚えている。

1985年12月、入院していた総代の70代男性の妻から寺に電話がかかってきた。「3日ほど昏睡状態が続き、意識がない。聞こえもしない、見えないかもしれない。だけど来ていただいて、お念仏を称えていただけませんか」

男性は山陰地方で生まれた。生家とも縁遠くなり、10年ほど前から崇台寺の檀家になった。1年ほど前に、大学病院でがんの手術をした後、総合病院に移っていた。

安藤前住職は法衣に袈裟を身に着け、病院へと向かった。到着した時間は、医師の回診に重なっていた。病室前で待っていると、看護婦に招き入れられた。

ベッドで眠る男性の右手側に安藤前住職が立ち、妻や医師らが見守る中、善導大師の「発願文」を読み上げた。

読経後、耳元で語り掛けるように念仏を称えた。しばらくすると、意識がないはずの男性の目が開き、うつろに天井を見上げるようにして、「南無阿弥陀仏」と大きく声を絞り出した。さらに何かを求めるように、右手を盛んに動かした。近くに置いてあった手帳などを渡しても動きは止まらなかった。

その時、安藤前住職に枕の下からはみ出た数珠の房が見えた。引っ張り出して手に触れさせると、男性は胸の上で両手を合わせた。

合掌した手に、安藤前住職が数珠を掛けると、親指と人さし指で挟むようにして持ち直した。浄土宗特有の握り方だった。心身に培った信仰が、にじみ出た一瞬だった。

男性は「自分は新参者だから」と、崇台寺で行事があれば数時間前に来て、境内を掃き掃除したり、座布団や木魚を並べたりした。本山への団体参拝や、檀信徒の親睦旅行などにも必ずと言っていいほど参加していたという。

安藤前住職が南無阿弥陀仏と称え続ける中、男性は再び眠り始めた。寺に戻った翌朝、「いま亡くなった」と電話があった。妻は「あの時のお念仏が最後でした。後はずっと眠り続けていました」と話した。

「最期の言葉が『南無阿弥陀仏』とは、こんなにありがたいことはない。主人は極楽に行きましたね」と、妻は男性の往生を確信し、信仰を強くした。安藤前住職は「臨終行儀には、強い教化の力がある」と力を込める。