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死の床に寄り添い共に念仏 役割見直される「臨終行儀」(2/4ページ)

2016年12月7日付 中外日報(深層ワイド)

遺族への強い布教力に着目

「臨終行儀」は、遺族らに強い宗教的な感情を呼び起こす。グリーフケアに携わってきた僧侶は、患者のケア、看取り、遺族のサポートという一連の流れの中に、「臨終行儀」を置き直そうとする。一方で、在宅医療に関わる医師は、僧侶らが日常から「死」に目を向けながら、檀信徒に関わることの重要性を指摘する。

安達俊英氏病院死増え看取り減る 僧侶にも大きな経験

「臨終行儀」について記されている『往生要集』(佛教大付属図書館所蔵、写真提供=佛教大宗教文化ミュージアム)

臨終行儀には、古くから宗派を超えて多くの僧侶が思いを寄せてきた。恵心僧都(942~1017)は『往生要集』で臨終の作法や、死に行く人が思い浮かべるべき浄土の光景などを細かく記した。真言宗、曹洞宗、日蓮宗の僧侶らも看取り方について文献を残している。地域によっては、特徴ある臨終の民間習俗が伝わっていた所もあった。

だが、今ではほとんど行われていない。知恩院浄土宗学研究所の安達俊英嘱託研究員(59)=大阪市天王寺区・浄土宗圓通寺=は「臨終行儀が行われなくなるのは、病院で亡くなる比率に比例している」と指摘する。

厚生労働省「人口動態統計」によると死亡者の場所別の割合は、1951年には自宅が82・5%、病院などの医療機関は11・7%だったが、約60年後にはほぼ逆転。2010年、医療機関で最期を迎えたのは8割を超え、自宅死は12・6%にすぎなかった。病院死の増加は、僧侶を看取りの現場から遠ざける大きな原因になった。

安達氏自身も、自坊の先々代が戦後間もない頃まで、臨終行儀を営んでいたと聞いているが、自身は経験したことがない。

だが、布教の観点から強い関心を寄せている。「臨死のときは本人だけでなく、周囲の人々も宗教的になる。亡くなった人が往生できたという確信は、大きな影響を与える」と考えている。

これまで講演などで「現代の往生伝を作りたい」と話してきた。往生を遂げた人物の信仰態度や、臨終時の様子などを集めた伝記は、平安時代や江戸時代に数多く作られた。具体的な事例を示すことで、「私も浄土に行くことができるのではないかと、往生に親しみを感じさせる役割があった」という。

「先祖のためにという人は多くても、自分が往生するために念仏する人は少ない。往生を目指しての念仏を広める一つの手だてとして、現代でもこんな最期の迎え方がある、こんな現象があると知っていただけたら」と思い描く。

一方で、僧侶が臨終行儀をすることについて、「檀家さんの死の床に一緒にいさせていただくことは大きな経験。亡くなった方のお葬式をしても、思いが自然と違ってくるだろうし、浄土往生についても胸を張って話すことができるようになるのではないか」と語る。