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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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死の床に寄り添い共に念仏 役割見直される「臨終行儀」(4/4ページ)

2016年12月7日付 中外日報(深層ワイド)

波江野茂彦医師宗教者は生活の場に 仲間と共に死と向き合う

「現代版臨終行儀を考えるつどい」で話す波江野医師(2014年10月16日、大阪市東淀川区・曹洞宗崇禅寺)

2025年には、約800万人の団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)になる。厚生労働省は同年をめどに、重度の要介護状態の高齢者でも地域社会で暮らし続けられるようにするための「地域包括ケアシステム」を、ボランティアやNPOなども巻き込みながら構築するとしている。自宅で最期を迎える人たちや遺族を支える仕組みづくりは、これから大きな課題になる。

「つどい」のもう一人の世話人、波江野茂彦医師(54)は、在宅療養を望む患者たちへの訪問診療を中心に行う医療法人拓海会神経内科クリニック(大阪府豊中市)の院長だ。死によって人生が完成すると捉えて最期と向き合う「完成期医療福祉」を唱え、13年に亡くなった医師の神代尚芳氏から大きな影響を受けた。

「つどい」は、「二十五三昧会」に興味を抱いていた神代氏の思いを受けて、波江野氏らが企画したものだった。

「二十五三昧会」は『往生要集』に依拠して、平安時代中期に25人の結縁衆で組織された念仏結社。約束をまとめた「二十五三昧起請」には、往生を期して毎月15日に法会を営み、結衆が病気になれば互いに看病し、看取り合うことなどを定める。

波江野氏は、集った仲間たちが死を学び、見つめながら生きていたことに着目する。

神経難病、認知症や末期がんなどの多くの患者と関わってきた。完治を目標にするのではなく、生きることを支える医療を目指してきた。

「死を恐れる」という医療技術では太刀打ちできない心の在り方が、過剰な医療措置への欲求を生む。患者の生活の質を低下させ、看病する家族を疲れ果てさせることにつながる場合もあった。

波江野氏は宗教者に、「生活」の中に入り込んでいくことを求める。「お寺には檀家さんがいる。手の届く範囲で、その方々に目を向けてほしい」

医学が飛躍的に進歩する中で生まれる「死が遠ざかるという幻想」が、自分や家族の死から目を背ける「あがき」をもたらすという。

宗教者が生活の場に入り込み、檀信徒らと共に「死」に向き合う姿勢を育むことが重要だとする。