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仏道歩む手助けになるか 施行された「障害者差別解消法」(2/4ページ)

2016年12月21日付 中外日報(深層ワイド)

「障害者は坊さんになれない?」 差別解消法は門戸を開くのか

各寺院では参拝者に対する施設のバリアフリー化を進める一方で、障害のある僧侶や僧侶を目指す人たちに対して、宗派や修行道場では等しく門戸を開く方向に進んでいるのか。今回の法整備以前から困難な中、障害がありながら僧侶の道を切り開いてきた人たちがいる。彼らからは宗派の取り組みに疑問や不信の声が聞こえる。

「障害者差別解消法」の制定にも携わった、NPO日本アビリティーズ協会副会長の萩原直三・曹洞宗社会福祉連盟理事(69)は「僧侶は自らが障害を持つかもしれないという意識が薄い。しかし、障害のある方々にはこの際、積極的に前に出ていただきたい」とし、各教団で差別解消のための研修会を開いて前に進む必要性を指摘する。

「片腕の人間は印が結べない」 忘れられない差別の言葉

左手で護摩を焚く山口長老

「僧侶の世界でも差別はあった」。そう訴えるのは、真言宗智山派東円寺(栃木県市貝町)の山口幸照長老(64)だ。へその緒が体に巻き付いた「臍帯巻絡」の状態で生まれ、絡み付いていた右腕を失った。「一上肢の機能の著しい障害」として身体障害者3級に認められている。

5歳の頃に父の先代住職が亡くなった。社会福祉を学ぶため淑徳大に進学したが、跡を継いでもらいたいとの檀家からの要望もあり、卒業後は智山専修学院に入り、教師の道に進もうとした。他の院生と共にお経や加行を学んでいたが、当時の指導者から「片腕の人間は印が結べないので、僧侶にはなれない」と告げられた。真言宗中興の祖・興教大師覚鑁が『五輪九字明秘密釈』で説く「一密成仏」を「手に印を結ぶ身密ができなくとも、真言を唱える口密、あるいは心に本尊を観念する意密を行うことができれば良いと説いている」と解釈し、指導者に伝えたが、相手にはされなかった。

専修学院にいながら僧侶になれないことに失望し、修行期間に定められている1年を待たず、退学。1977年、僧侶の道を諦めて栃木県庁に勤めた。その後、師僧から教区講習会に出席するように勧められ、何度か参加していると、権律師の任命と住職辞令が届き、東円寺の住職となった。どのような経緯があったかは当時の関係者の多くがすでに亡くなっており、不明だ。

その後も「障害者は坊さんにはなれない」「障害者は生きるのが大変だろう」と他の僧侶から心ない言葉を投げられ、悔しい思いをした。一方で理解を示してくれる僧侶もおり、住職に就任することを喜んでくれた檀家が心の支えとなった。周囲の理解が進む中で、社会福祉に関する知識を生かし、高野山大の客員教授として医療現場の宗教の役割について研究を行うようになった。

すでに息子に住職を譲っているが、現在も毎月第4土曜日には護摩を行い、集まった檀信徒らと交流する茶話会を開いている。住職になって30年以上、常に工夫を重ね、護摩を焚く動作は滑らかだ。「普段の法要ではできないことはほとんどありません。大般若転読も経本を脇で固定して唱えることができます」。檀信徒から「相談に乗ってもらいたい」と声を掛けられることもしばしばだ。

「自分自身が障害を持って苦しんだ経験が、悩みに応えるのに役立っているかもしれない。今でも健常者であればどうだっただろうかと考えたり、受けた暴言を昨日のことのように思うことはある。しかし、僧侶として生きる上ではつらかったことが良い肥やしになっているのかもしれない。障害を持ちながらも僧侶として生きて救われたいと思っている人はいる。宗派として、しっかりとした見解を出してもらいたい」