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仏道歩む手助けになるか 施行された「障害者差別解消法」(3/4ページ)

2016年12月21日付 中外日報(深層ワイド)

障害に対し無関心 見えないハンディを努力で乗り越える

東京都にある寺院の住職(75)は生まれつき「網膜色素変性症」で視力が弱かった。徐々に視力は低下し、現在は全く見えない。「法要で読む表白文などは全て暗記する。そうした努力を続けてきた」と話す。本堂では何歩進めばどこに位置し、何がどこにあるのかは把握しているため、法務を行うのに支障はないという。

僧侶になるための修行道場に入った時には、弱視ではあったが視力があり、仲間の手助けもあったため、苦労はなかった。今も外出時、車から降りる際などには若い僧侶が手助けに駆け付けてくれる。「周りに親切な人が多い」と受け止めているが、宗派からの支援を受けることはなかったのも事実と話す。

遺伝のため、親族には同じく網膜色素変性症を患っている人もいる。近年、弟が急死して寺が住職不在になったため、鍼灸師を目指して勉強中だったおいが急遽、教師資格を取ることになった。その際、宗派の職員から「目が悪い人は僧侶にはなれない」と言われた。「実際に目が悪くとも住職をしている人間がいる中でそんなことを言うとは。宗派としての決まり以前に、面倒くさいから対応しないという姿勢に思えた」と憤る。障害者がいると何か問題があったときに困るといった、関わりたくないという僧侶がいることを指摘。また、僧侶になろうという障害のある人が少ないため、どう支援するかといったことは議論の俎上にも載らないのが現状とこの住職は言う。

人に手を借りなければならないというつらさもある中で、檀信徒が離れないよう宗教活動で「できないこと」がないよう努力してきた。「(目が見えないという)与えられた環境を受け止めて一生懸命やっている。障害者もまた僧侶としてやっていくためにはそれ相応の努力をしなければならない」とハンディを乗り越えた僧侶の強い気持ちを語る。