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仏弟子に国籍は関係ない? 苦労、困難が多い外国人僧侶(2/4ページ)

2017年3月1日付 中外日報(深層ワイド)

法相宗・ザイレ暁映さん学問と信仰ひとつに 興福寺が自分の居場所

「一度寺の中に入ったら、国籍は関係なく全員が法類。寺は自分の居場所」と語るのは、法相宗大本山興福寺(奈良市)の僧侶、ザイレ暁映さん(38)。本山僧としてこれからの人生全てを捧げる覚悟を決めて、修行の日々を過ごしている。

出家の理由について「信仰からというよりも学問から入って、その二つが一つに溶け合った」と話す。

アメリカ育ちのザイレさんは、東洋思想への興味から大学で日本語や日本文学を勉強した後、日本に留学した。仏教文学や説話の研究に没頭するうちに古典文化の一つとして仏教にひかれたという。帰国し、アメリカのカリフォルニア大バークレー校の博士課程で日本仏教、特に法相教学を研究することにしたのは、英語圏での日本仏教研究は禅か浄土教がほとんどで、唯識はあまり手を付けられていない分野だったからだ。

2010年に龍谷大の客員研究員として来日し、唯識教学の本山である興福寺に出入りするようになった。翌年、世話になっていた同寺の僧侶が教学の試験である「竪義」に臨むことになり、その付き人「童子」を引き受けたことをきっかけに得度。身の回りの世話や問答の練習相手などを務め上げ、信仰を深めていった。

その後、ザイレさんは母校のバークレー校に戻ったが、指導教官らから、自らの宗教性を語ることや、その信仰に絡む研究をすることはアメリカの学術界ではプラスにならないと指摘を受けた。「信仰」か「研究」かの決断を迫られ、その結果、本山僧として一生を過ごすことを決意した。

「日本人僧侶との違いは感じない。多川俊映貫首からも出会って以来外国人扱いされたことはない。同じように怒られ、同じように指導される」。南都仏教の修行においてはとりわけ漢文や古典、写本などの読解能力が不可欠。「研究者としての昔の知識が生かせる」と、なお心に残る研究への愛着を語る。

言語に不自由はないが、「お茶の出し方など一昔前なら子供でも知っていて当たり前のしつけを受けていないので、頭を使わないと自然にはできない」と文化の壁は感じている。

仏教に理想を追うあまり、日本での現実に直面して戸惑う外国人もいるとザイレさんは言い、「海外ならば勝手な解釈でできても、僧侶として組織に属したらその現実を取り入れ、納得できるかが問題となる。“葬式仏教”に悲観し、帰国した外国人僧侶を何人も知っている」と話す。

興福寺はいわゆる檀家のいない「観光寺院」であり、年々海外からの参拝者が増えている。英文の解説文を読んで歴史や美術を理解して終わりではなく、「宗教空間としての寺を味わって実感してもらう手伝いをしたい」と意気込みを語る。