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東日本大震災6年 七回忌それぞれの思い(2/3ページ)

2017年3月15日付 中外日報(深層ワイド)

浄土宗西光寺 樋口伸生副住職体験を末代まで伝えるのが義務

回忌法要を前に準備した檀家の卒塔婆に樋口副住職㊧は経文の分かりやすい読み下しも書き入れた(宮城県石巻市、西光寺で)

石巻市の浄土宗西光寺の樋口伸生副住職(54)は地震発生時刻の午後2時46分、まだ改修が終わらない本堂で、檀家の犠牲者遺族や被災者支援を共に行う僧侶仲間とひたすら念仏を唱え続けた。市の慰霊行事に伴うサイレンの大音響で当時の凄惨な光景がよみがえり、気持ちがズタズタになるのを避けたいからだ。

檀家800軒のうち180人が亡くなり、伽藍も墓地も壊滅した。寺の前の門脇地区は車で避難してきた多くの人々が流され、逃げ込んだそばの小学校舎も炎に包まれた。地区の犠牲500人という地獄絵図を目の当たりにした副住職は3年後、その跡地160平方メートルに人々が静かに死者を偲ぶ「祈りの杜」を遺族らと作った。

あちこちに観音や地蔵菩薩像、支援する神戸の牧師から贈られた十字架などを配し、周囲に植えたツゲの木は高さ130センチ。幼い命を落とした檀家の野球少年=当時小学6年=の身長で、参る人がしゃがみ込むとちょうど姿が隠れる。大々的な催しやいろんな喧噪から離れて「遺族が心ゆくまで肉親を悼み、神仏の加護を願うための場。祈ること自体が自分を守ると気付けるのです」。

杜は檀家遺族らの「蓮の会」の人たちが毎月命日に草刈りなどの手入れをし、死者と共に時間を過ごしてきた。「悲しみを抱えて生きていきます」と会員の女性。副住職は「今日も節目ではなく毎日の祈りの積み重ね、それは今後もずっと続けるべきものです」と語る。杜に集うという行いで仏に布施をし、仏の法施を受ける、それが仏教本来の供養だと確信している。

震災の体験を「末代まで伝えるのが義務」と、被災者からの聞き取りや映像記録保存を始めた。だが語り継ぎが大事だと思いつつ、自らも語り部をすることで大けがのような強いトラウマにさいなまれ、平常心を保てない。毎夜、寝言で叫ぶ時期もあったという。復興の格差は甚だしく、風化が進む中で、被災した人たちも心の傷を抱える。目の前に高層の復興住宅が林立するが「家族が行方不明の方々は取り残された思いを胸に閉ざします」。近くで妻が流されたままの男性(73)は慰霊行事には行けないと言う。何げなく「赤ちゃんできたって? 生まれ変わりだね」と周囲に言われた檀家は、副住職に悔しさを訴えた。

「南無阿弥陀仏南無」。しんとした本堂では津波到達時刻にも念仏が続く。「回向を受ける死者は往生成仏の道を進んでいるので、こうして西方浄土での幸せを願うのです」。樋口副住職は檀家に説明する。そして、遺族同士も死者も念仏の末に浄土で再会する「倶会一処」を説く。「忌むべきものではない」と、法要の案内状も「七回期」とした。

震災後、自らの信仰が深まったと感じる。例えば墓の改修でも被災遺骨を洗い、丁重に供養するなど全て布施なしでやってきた。苦難の月日を乗り切れたのは、以前からハンセン病問題など自分にできることに全力で向き合ってきたからだった。今、浄土宗僧侶としての確固たる信心こそがその支えだ。