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寺はよみがえるか ― 変わる葬儀

2017年7月5日付 中外日報(寺はよみがえるか)

無用論を越えて魂を込めて送られたい


三重県鳥羽市の女性(72)は遺言書に「葬儀はしなくてもよい」と明記している。地元の医大に献体を申し込んでおり、遺骨の返却後は海への散骨を望む。

「人間は自然の一部。ガンジス川に遺骨を流すインドの方法や鳥葬はいいなと思う。日本ではそれが無理なので最後は海とつながり、元の自然に還る形にしたい。献体なら人のお役にも立てる」

散骨は船員の仕事をしている息子の一人に依頼している。「伝統的な仏式の葬儀が特に悪いとは思わないが、といって興味もない」と話す。

長兄と次兄の葬儀も本人の希望で、いずれも僧侶は呼ばず、生前好きだった曲を流すだけの「音楽葬」だった。

日本消費者協会が昨年実施した第11回「葬儀についてのアンケート調査」では、葬儀の形式は仏式が約87%を占めるが、「今後の葬儀のあり方について」(複数回答可)は「形式やしきたりにこだわらない自由な葬儀であってよい」が約31%で、この女性のように仏式の葬儀に必ずしもこだわらない意識が見え隠れしている。

調査の記述回答には「僧侶が自己満足のために説法をしている」「僧侶の説法などがありきたり、形式的」「宗教が必要なのかと思った」「仏式は故人を偲ぶプログラムを重点に!」などの声もあり、仏式葬儀の割合は2014年の第10回調査から約5ポイント減少した。

葬儀に臨む僧侶の姿勢が問われているが、「葬儀では目に見えない力の働きを目に見える形にするのが僧侶の腕の見せどころ」と話すのは、東京都国立市の赤澤貞槙・日蓮宗一妙寺住職(36)。宗派の国内開教師として7年前から同市で布教に取り組み、年間約150件の葬儀を執り行う。

「葬儀は魂をあの世界に無事届ける儀式。魂は目には見えないが、『きちんと送り届けた』とイメージしてもらえるような工夫が必要だ」と考えている。

会葬者には「葬儀は四十九日間の魂の道中の安全を祈る気持ちを形にしたもの」「お経が『株式会社大乗仏教』のタクシーに変わって魂を安全に向こうの世界に送る」などと丁寧に説明。「そうした具体的なイメージを持ってもらうと会葬者の故人への思いが高まる」ことを実感している。

赤澤住職の葬儀には遺族から多くの感謝のメールや手紙が届き、リピーターや「ぜひここで葬儀をしたい」との相談も少なくない。「葬儀を『心を込めて勤める』というが、『心』とは人々のためにかける手間暇のことだと思う」と語る。

大阪市東住吉区・真宗大谷派恩楽寺衆徒の乙部大信さん(36)は、14年から自坊を会場とする「寺院葬」を始めた。

法要だけでなく、死亡連絡・湯灌・会場設営など葬儀の「全てのプロセス」に乙部さんが付き添うため、遺族からの信頼は厚い。乙部さんにとっても、自坊が会場なので法話も落ち着いてできる。

昨年1月に恩楽寺で「寺院葬」の説明会を開くと、これまで同寺に参ったことがなかった門徒の女性(86)が「最晩年を迎えた夫(88)の葬儀に備えたい」と初めてやって来た。

女性は「葬儀も仏法を聞くご縁」と説く乙部さんの話に感じるところがあったのか、その後、報恩講や春秋の彼岸会などに毎回参拝し、「阿弥陀様にお任せですね」などと話すようになった。

女性は今年に入って体調を崩し、5月に乙部さんが自宅へ月参りに行った時は体重が33キロまで激減していたが、「死ぬのは怖くない」と夫と一緒にニコニコしていたという。