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寺はよみがえるか ― 変わる葬儀

2017年7月12日付 中外日報(寺はよみがえるか)

無縁の弔い死後もホームレス防げ

山友会事務局で故人を偲ぶため集まった人たちは、それぞれの作法で祈りを捧げた(一部加工しています)
山友会事務局で故人を偲ぶため集まった人たちは、それぞれの作法で祈りを捧げた(一部加工しています)

「警察には遺骨は引き取らないと言ったのに、どこから住所を調べて電話してきているんだ」。高齢の男性は怒鳴って電話を切った。

東京都足立区の福祉部福祉管理課の担当者は、5年ほど前のことを今も覚えている。自宅で一人で亡くなり、行旅死亡人として火葬された人の親族に死亡事実の報告と、遺骨引き取りの依頼のために電話をかけた時のことだった。

「行政や警察にはお世話になっておりますが、遺骨は引き取れません」と丁寧な応対の人がほとんどだが、故人との間にどんな軋轢があったのか、この男性のように感情を高ぶらせる人もいる。

昨年度に同課で、郵便で遺骨の引き取り依頼をした18件中、引き取られたのはわずかに4件。8件は拒否、6件は返信がなかった。

家族や社会との縁が薄れ、引き取り手のない遺骨は、足立区では5年間の保管の後、身元不明の遺骨などと共に合同埋葬される。

日雇い労働者の街として知られる東京都台東区の山谷にある浄土宗光照院には、表面に「山友会」とだけ刻まれた墓石がある。無縁仏になったホームレスの人々が入れる墓を建てたいと、支援団体のNPO「山友会」が2年前に建立した。現在は5人が眠る。

山友会の油井和徳さん(33)は「ホームレス、あるいはドヤ(簡易宿泊所)で暮らす人たちは社会的に孤立してしまった人たち。人とのつながりを失い、亡くなった後も無縁仏になる人が多い」と話す。

墓を建てるきっかけとなった元ホームレスの男性「やまちゃん」も社会的に孤立した一人だった。幼い頃に両親が離婚するなど家庭環境が悪化し、20歳で北海道から上京して日雇いで働き始めた。70歳で山友会を訪れるようになり、ケア付きの宿泊施設「山友荘」に入居した。約10年を「山友荘」で過ごし、すい臓がんで、81歳で亡くなった。葬儀に関わる親族もおらず、遠縁の親族からは遺骨の引き取りを断られた。

「やまちゃん」の死を機に、インターネットでホームレスの人たちの実情を社会に広く伝えるとともに、墓を建立するための資金を集めた。浄土宗僧侶の有志団体「社会慈業委員会」(ひとさじの会)でホームレス支援をしていた吉水岳彦・光照院副住職(38)に相談し、同寺に建立することになった。

「山友会というコミュニティーで出会った人たちとの縁が、死によって断ち切られるのではなく、死後もつながりを感じられる場所として墓がある」と吉水副住職。

墓には、亡くなった友人を弔うため、会員がたびたび参拝に訪れる。寺に墓がある意義について「家族との縁が薄れていても、実家の寺のことは覚えていて思い出を話してくれる。寺院に対する親しみがある」と吉水副住職は話す。

油井さんは「墓は残された人たちのためのものでもある。墓に行けば仲間に会え、あつく弔う姿を見て、自分の死後に希望を持てる」と言う。

山友会の事務局には、活動が始まった1984年から今日までに亡くなった多くの人たちの写真が飾られ、仏壇にはお供え物が絶えることがない。

5月19日、今年4月に73歳で亡くなった男性のお別れ会が開かれた。友人たちは手を合わせて、思い出話で故人を偲んだ。吉水副住職が読経する中、「アーメン」や「南無阿弥陀仏」など、おのおのの信仰に基づいて祈りを捧げた。