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寺はよみがえるか ― 変わる葬儀

2017年7月14日付 中外日報(寺はよみがえるか)

死後の世界魂は残って遺族見守る

毎回、多くの人が参加する終活サポートセンターの終活大学
毎回、多くの人が参加する終活サポートセンターの終活大学

「終活に関心を持っていても、実際に遺言書や事前の葬儀社の手配などの準備になると、尻込みしてしまう人が多い」と話すのは、NPO終活サポートセンターの水上由輝德理事(33)。「『死について考えたくない』という思いが根底にある」と言う。

同センターが主催する終活大学の相続に関するセミナーに出席した70代後半の男性は、息子たちに迷惑を掛けたくないと、遺書の書き方などを熱心に学んでいた。個別の相談会でも積極的に質問していた。しかし、相談員が今のうちに公正証書遺言を書くことを提案すると、この男性は「いや、まだ元気だから、そこまではしなくていい」と断った。

水上理事は「多くの人は、自分はまだ死なないと思っている。本当に身近な出来事として死について考えたいとは思っていない」と話す。

今年4月、末期がんで亡くなった70代の男性は、がんが全身に転移し、余命2、3週間と宣告されていた。世話をしてくれためいに財産を残すため、震える手で遺言書を書き残した。スロットやテレビゲームが好きだった。何げない雑談の中で男性はふと「あー、死にたくないな」とつぶやき、遺言書を書く前は「(賭け事ばかりで)このままだと何も残せないまま終わってしまう」と後悔していた。

水上理事は「自分が亡くなった後に何も残せず、忘れ去られてしまうことの恐怖があったのだと思う。終活大学では死後の世界などについての話はしない。死後の世界を説明していくことは宗教の役割ではないか」と指摘する。

千葉県の真言宗豊山派寺院の檀家の女性(64)は「若い時には魂なんてないと思っていたが、身近な人が亡くなる中で、死んでも魂は残って、生きている人を見守っている気がするようになった」と言う。

2000年、46歳の若さで夫が亡くなった。パーキングエリアのトイレで倒れているのが見つかった。脳出血だった。手術はしたが、1カ月後に亡くなった。昨年には同居していた父親が90歳で死去した。

「菩提寺の法事では住職が、年忌には故人がどういった仏様と出会い、守られているのかという十三仏の説明をしてくれた。仏教の世界観に救われた」

農家だった父親の葬儀には地元の知人らも数多く参列し、在りし日を偲ぶことができた。「子どもが私の葬儀の喪主を務めるときには、家族葬でもいいかな」と言うが、「友人・知人には来てほしい」と本音を漏らした。

浄土宗東京教区教宣師会は6月10日、大本山増上寺(東京都港区)で自死者追悼法要「倶会一処~ともに生き、ともに祈る~」を営んだ。遺族約70人が参加し、故人のため静かに手を合わせた。

「自死・自殺に向き合う僧侶の会」の会員として遺族と接している小川有閑・浄土宗蓮宝寺住職(39)は、遺族の中には自死した故人が死後、どうなっているのか不安に感じている人が少なくないという。「自死者遺族の場合、亡くなった人への思いが深い。死者のことをどうしても考えてしまうのでしょう」

遺族から不安を打ち明けられた時、小川住職は「自死で亡くなったことに関係なく、亡くなった人たちはみんな極楽に往っています」と諭すことにしている。「後悔や自責の念を感じている遺族と死者の間をぬくもりのある関係性にしていくことが僧侶として肝要だ」

連載「寺はよみがえるか」第1章「変わる葬儀」は池田圭、赤坂史人、丹治隆宏、甲田貴之の各記者が担当しました。第2章「檀家制度の危機」(仮)は9月中旬に開始します。