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寺はよみがえるか ― 檀家制度

2018年1月31日付 中外日報(寺はよみがえるか)

希薄な檀家意識毎月行けない“月参り”

夕張市の市営墓地。公営などの納骨堂に遺骨を入れることで檀家をやめるケースが急増している
夕張市の市営墓地。公営などの納骨堂に遺骨を入れることで檀家をやめるケースが急増している

北海道夕張市。主要道沿いには無住の集合住宅や民家が散在する。街中にある真宗寺院を訪れると、黒いはんてんに袖を通した80代の住職がおもむろに現れ、「何も話したくない」と固く口を閉ざした。

戦後日本の経済を支えた炭鉱の町・夕張市は2007年、財政破綻した。大規模な人口流出があり、現在も著しい高齢化、過疎で寺院は檀家減少にあえいでいる。

明治期に夕張炭鉱が開鉱され、労働者が全国から移住してきた。それに伴って教育や医療などのライフラインが整備され、最盛期には12万人が暮らしていた。炭鉱では時に数百人が亡くなる事故が起こることもあり、犠牲者を供養するためなどの理由で、寺院が次々に建立され、現在は人口8千人に対し、30カ寺ある。

「門徒の減少はどうすることもできない」と語るのは真宗大谷派本淨寺(同市)の小野道真住職(57)。長年、門信徒に負担を掛けないように護持会費を周囲の寺院よりも低くしてきたが、建物の修繕費を捻出するために会費の値上げを決めた。

財産を持たない寺院のために先人らは、北海道に「月参り(月忌参り)」の習慣を浸透させた。毎月、檀家の自宅の仏前で読経し、お布施を受け取る。これが寺院を維持する重要な経済基盤になった。

その月参りが減少し続けている。別の真宗寺院の坊守(80)は「3、4年前から月参りが激減している。都会に出た若い人の考えだから」と表情を曇らせた。

夕張をはじめ、道内の寺院は札幌市などの都市部に移った檀家の家々を訪ねて月参りを行う。車で年間4万~5万キロを走行するのは当たり前。しかし、共働きの家庭も多く、「毎月来られても困る」と断られることが多くなっている。

曹洞宗遠明寺の加藤一如住職(63)は「都会のこうした風潮が地方にも波及している」と話す。今年のお盆すぎ、40年以上も月参りをしてきた70代の一人暮らしの女性から、お盆以降の月参りは必要ないと告げられた。加藤住職は「寂しいが、よくあること。月参りは安否確認にもなるし、実際に亡くなっていたこともある。やった方がいいのだが……」。

ただ前出の小野住職の見方は少し違う。「月参りといっても、檀家は拝まずに『住職が代わりに拝んで』というような感じ。留守でも読経して帰るし、私が拝んでいる最中にテレビを見ている人だっている。月参りがあるから信心深いというわけではない」

本淨寺でも、50年以上の付き合いがある門徒がしばらく前に門徒を辞めた。札幌に出て10年、もう夕張に戻るのがおっくうというのだ。先祖の遺骨を札幌市の納骨堂に納める際、最後の供養を依頼されたが、その納骨堂は他宗派が経営するものだった。「現状はこんなもの。北海道は歴史が浅いから冠婚葬祭もすぐに変化する」

加藤住職は15年前から在家の人たちの「得度式」を始めた。「何かしないといけない」との危機感からだ。戒を授かることで自らの信仰を意識するようになるという。毎年4月末に行う式は現在では同寺の恒例行事になり、これまでに100人以上が戒を授かった。

「檀家制度にあぐらをかいてきた寺院の在り方が問われている。家の宗派という考えではなく、個人の信仰だという感覚を持つことが大切。それが仏教の原点だ」とし、小さな歩みを着実に進めている。

(赤坂史人)