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寺はよみがえるか ― 檀家制度

2018年2月2日付 中外日報(寺はよみがえるか)

離郷檀信徒との絆布教の拠点を都会に

離郷檀信徒との縁を深める石見教区の東京法要
離郷檀信徒との縁を深める石見教区の東京法要

東京・芝の浄土宗大本山増上寺の本堂で、本尊に焼香する80代の女性。その両脇で女性の体を支える若い孫たちの姿に、本田行敬・極楽寺(島根県浜田市)住職(69)は「法要を行って良かった」と感慨にふけった。

島根県西部の石見教区にある浄土宗寺院は51カ寺。全てが国の指定した「過疎地域」に所在する。一人葬儀をすると、檀家が一軒減るような状況にある。都会に働きに出る人が多かったことから、2007年から教区を挙げて「離郷檀信徒」のためのお盆「東京法要」を始めた。

最近では「墓じまい」も多くなり、地方の状況は一層厳しい。本田住職は昨年10月、滋賀県に住む50代の檀家の男性から墓を処分したいとの連絡を受けた。男性は「若い頃に滋賀に移住し、故郷は小さい時の思い出しかない。先祖は離れたくはないだろうから、お寺の納骨堂に入れてもらい、墓は処分する」。

本田住職は工事の見積書をファクスし、納骨を終えてから請求書を送付。男性からは感謝の電話が来たが、近年、このようなやりとりが増えた。

寺離れの現状に手をこまねいてばかりはいられない。そう思って始めた東京法要には初回約80人が参加し、手応えを感じた。だが参加者に高齢者が多かったこともあり、すぐに減少。そこで、増上寺内の見学会を開いたり、法要後に寄席を催したり、様々な工夫を重ねることで、やがて増加に転じた。

初めの頃に営んだ法要で、二人の孫に体を支えられて焼香する女性の姿が印象に残った。そのような光景は3度、4度あった。今では若い僧侶も出仕し、島根から遠く離れた東京で世代を超えた交流が実現している。本田住職は「何もしなかったら、(地元の菩提寺は)忘れ去られたかもしれない。年にたった1回だが、その1回が非常に重要。今は続けることの大切さを感じている」と強調した。

江戸時代に幕府の政策で関東の拠点を失った西山浄土宗は、高度成長期に離郷檀信徒に対する布教のため、横浜市内に拠点を設けた。

当時、仕事のために九州や和歌山、愛知の郷里を離れる檀家が多くいた。浄土宗や真宗など念仏を称える宗派は他にもあるが、それぞれ教義が異なっていて、西山浄土宗特有の教えを伝える必要があり、檀信徒も同宗とのつながりを望んだ。

檀信徒が講演を聴くなどして僧侶と交流する「念仏のつどい」は1975年に始まり、今も続いている。2009年には多摩ニュータウン(東京都町田市)に東京別院が落慶。さらに14年春には別院境内に納骨堂も完成し、離郷檀信徒の受け皿として一定の成果を挙げている。

別院は檀信徒と各地の菩提寺との関係をつなぎ留める役目を果たしている。愛知県一宮市にある同宗寺院檀家の林和雄さん(82)=東京都日野市=は、菩提寺の住職に紹介されて別院の会員になった。「別院がなければ、菩提寺との関係が切れていたと思う」と語る。

3年ほど前、妻の遺骨を別院の納骨堂に納めた横浜市の田中雄二さん(67)も故郷・山口県下関市の菩提寺から別院を紹介された。「知らなければ公共の墓地に納骨したかもしれない。お寺とは無縁だと思っていたが別院に通うのが楽しい」。今は月例のお茶会に参加し、仲間たちとの一服を楽しむなど、別院の存在を大切に思っている。

しかし、生前に会員であっても葬儀社を通じて他宗で葬儀を行う人もいる。特定の寺院や僧侶との関係をあまり望まない都会人の感覚もあり、檀信徒との関係構築は一筋縄ではいかないのが実情だ。

(赤坂史人)