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避難所となった当時を振り返りながら講話する本川住職
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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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1.心の重荷減らして

2016年3月11日付 中外日報(伝えたい忘れない-大震災から5年)

僧侶自身が「風の電話」に

多くの人々の呼び掛けを受け止める「風の電話」(岩手県大槌町)
多くの人々の呼び掛けを受け止める「風の電話」(岩手県大槌町)
電話に備え付けられたノートには死者への思いがつづられる
電話に備え付けられたノートには死者への思いがつづられる

「震災前に二人でよく旅行した北海道……寂しい、つらいよ」。岩手県陸前高田市の赤川勇治さん(66)が運営する「漂流ポスト3・11」に届いた手紙には長万部の消印があった。亡くした妻を思う夫の気持ちがつづられ、初めての一人旅で「お土産持って帰るから待ってて」とあるのを読んで、赤川さんは涙が止まらなかった。津波が押し寄せ近くの浜が壊滅したあの日を思い出し、苦しくなった。だが、ポストの住所を旅先まで持参して投函してくれたことに、「少しでも支えになれた」と感じた。

寄せられた便りは、個人情報を除いてカフェに来る希望者には公開している。それは、悲嘆で他人に語ることさえできない人が、読んで「自分だけじゃないんだ」と悲しみを外へ出すきっかけをつくってほしいから。「そうして心の重荷を減らしていただければ」。夫は「いつまでもこんなじゃダメだね」とも書いていた。

釜石の若い女性が訪れ、「便箋ありませんか?」と聞いた。3時間かかって1ページ書いた。何度も手が止まり、「書けない」と帰りかけてはまたペンを持つ。幼なじみなのにけんか別れした女友達を失ったのだった。別の60代の女性はお礼を言いに来た。娘夫婦と孫が亡くなり、娘のお腹には赤ん坊がいた。「4人です」との言葉に赤川さんは言葉が出ない。が、「手紙を書いている時は後を追おうと決めていましたが、書くことで生きようと思いました」と告げた女性はその後、元気でいると電話をくれた。

悲嘆の受け止めには様々な形がある。死者とつながる手紙の数々を近くの臨済宗妙心寺派慈恩寺が供養してくれることが安堵につながる、と赤川さんは思う。津波に流され行方不明の夫へ手紙を書いた高齢女性に、その孫が「じいちゃん天国に行ったなら、天の力で返事をくれるよね」と言った。「心を最後に持っていくところ。それが神や仏でしょうか」。赤川さんは宗教への期待を語る。

生者と死者との対話をテーマに昨秋、京都でシンポジウムを開いた国際日本文化研究センターの磯前順一教授(宗教学)は「故人に呼び掛けるのは死者の声が聞きたいのかもしれない。でも聞こえ過ぎるとそれに圧倒されて前に進めないかもしれず、うまく聞いてあげないと生き残った人が自分の人生を否定する思いにとらわれることもある。そこに『翻訳』という行為、死者と生者をつなぐ人の力添え、魂の技術が必要になる」と宗教者の役割を示唆する。

各地で僧侶やキリスト者らによる寄り添いが続けられ、死者への思いや苦しみを語ることがグリーフケアになっている。それは震災による死に限らず、「漂流ポスト」にも、近しい人が病死や事故死したケースの便りが増えているという。

同様に亡くなった人に話し掛ける「風の電話」を開設した同県大槌町の佐々木格さん(71)は、「人は死んだら終わり、ではない。思いを通じることはできます」と断言する。自身が以前に大病で手術を受けて以来、死後の世界について考え続けている。そして、電話に訪れる人と話す機会があれば、「亡くなった方はいつもあなたのそばにいるのですよ」と声を掛ける。魂は人から人へとよみがえって引き継がれ生きていく、と考えるからだ。

街並みが壊滅し、多くの死者が出た大槌。5年たって市街地には家々の廃虚さえなくなった。地盤かさ上げ工事の高い盛り土が広大な荒野のように広がり、以前そこで人々が暮らし、いのちが育まれていたことさえ思い起こせない。

夕闇が辺りを包み、湾内の「ひょうたん島」から岸辺を振り返って見ても明かりはまばらだ。だが、見上げると冬の夜空におびただしい星々が冴え冴えと輝いている。津波が引いたあの日の夜、人々をのみ込んだ黒い海に覆いかぶさる美しい星空を見て生命と自然の底知れぬ奥深さを感じた、と傾聴支援を続ける僧侶が語っていた。

佐々木さんの「風の電話」は全国に知られ、その話が作家いもとようこさんによってきれいな絵本になった。ラストシーン。つながっていないはずの電話が夜中に「リーンリーン」と鳴るのに、おじいさんが見に行き受話器を取ると、満天に星が輝きだす。――まるで、「でんわ、ありがとう、でんわ、ありがとう」といってるようです。おじいさんはさけびました。「とどいたんだ! みんなのおもいがとどいたんだ!」――。

絵本は広く読まれ、佐々木さんは伝統仏教教団など宗教者の研修会に講師として招かれることがよくある。「人々の気持ちを聴き、亡くなった人と残された人の間に立って心を安らげることを心掛けてほしい」と訴え掛けると、ある会で「うちの寺にも電話を置きましょうか」との反応があった。佐々木さんは答えた。「いや、あなた自身が電話になっていただきたい」

(北村敏泰)