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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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5.拠り所の本堂再建へ

2016年3月25日付 中外日報(伝えたい忘れない-大震災から5年)

陸前高田市・金剛寺

造成が終わった高台で本堂建設の計画を話す小林住職。遠方に市街地の廃虚が広がる(岩手県陸前高田市の金剛寺)
造成が終わった高台で本堂建設の計画を話す小林住職。遠方に市街地の廃虚が広がる(岩手県陸前高田市の金剛寺)

岩手県陸前高田市の元の市街地は、震災から5年以上がたっても一面の更地だ。「奇跡の一本松」周辺だけは時折観光客の姿が見え、近くの復興まちづくり情報館では、訪れた見学者が津波禍の教訓や将来の都市計画について説明を聞いていた。

だが辺りは地盤かさ上げ工事の赤茶けた盛り土が見渡す限り延々と広がる。昨年まで頭上でうなりを上げていた巨大ベルトコンベヤー群は、山ひとつ削り尽くして撤去され、代わってゼネコンのダンプが疾走する。住民の暮らしの場とは程遠く、高台にある仮設団地では諦めた被災者が市外へ転居したのか空き家が急増していた。

政府が財源に所得増税を国民に25年間も負担させ、当初5年で計26兆円もの国費を投じた結果がこれ。だが復興予算流用が相次いで返還が1800億円を超え、安倍政権が法人増税は早々と2年で打ち切り、2016年度から一部地元負担を導入する一方で、工事の遅れなどで各地の住宅再建計画が当初より3割も減ったとの報道があった。復興とは程遠い現実に仮設住宅では「もう我慢の限界」との悲鳴を聞いた。

「時間かかるのは仕方ない面もあるけど、いつまでたっても野原のままだね」。その町を見晴らす川上の気仙町地区、真言宗智山派金剛寺の跡地では小林信雄住職(55)が高台にようやく完成した自宅で避難先から転入の準備をしている。津波で本堂や全伽藍が壊滅、檀家220軒のほとんどが流されて126人が亡くなったどん底から、裏山を自力で造成するところまでこぎ着けた。

「巨大開発を待っていても進まない。人が住まないと寺も存在できない。小規模でも住まいを再生し、そこに寺が寄り添うことが先決」。そう決意して山の斜面を5段の平地にし、宅地として分譲する事業を進めてきた。200平方メートルほどの区画10のうち8区画に住宅建設が決まり、既に2軒が建った。

しかし、遠方へ避難中の檀家が2年がかりで修復した墓へ参りに来ても拝む施設がない。「やはり皆さんの拠り所がないと……」。その念願の本堂に何とかめどが付いた。表9間、高さ10メートルの木造伽藍で集会所を兼ねる大広間も備える。

以前からの蓄えや宅地分譲の収入、行政の補助などをかき集めて費用に充てる予定。入り母屋屋根は平瓦で節約する。土建業界の復興特需で資材高騰の中、材料のヒノキ50本を檀家が寄付し、森林組合や石材店も協力してくれる。「ゼネコンに相談しても見向きもしてくれなかったが、昔からの付き合いのおかげさまで見通しができました」。住職は、住民の寺への熱い期待を感じ、寺報で逐一報告している。

2年計画で、この27日が地鎮祭。「山門、鐘楼も30年かかってでも復興したい」というが、震災直前に建てたばかりだった庫裡の再建は諦めた。

日常もまだ全く戻っていない。震災前は年間10ほど大きな行事があったのが激減した。大勢の檀家が参列した4月の大師御影供は本堂がないので施餓鬼だけ、住職がぽつんと一人で営んだ年も。

8月下旬の成田不動尊祭も人出はなくなって露店も出ないが、「火種だけは絶対に残さねば」と将来にぎわいが戻ることを祈って小林住職が護摩を焚く。悲しいことに「3・11」の供養が人が集まる年中行事になり、辛うじて春秋の彼岸と盆に集う檀家を見ると、「写経会も地蔵盆も」と住職の心ははやるが、「まずできることから」と言い聞かせる。

仮設暮らしで疲れ果てた檀家と話せば、「復興住宅はいつになるのか」が共通の話題。寺ではできるだけ前向きの話をするが、「娘はついに帰って来なかった」と行方不明者の家族がこぼすと、返す言葉がない。息子を頼って関東や北海道へ転出した檀家もいる。

「将来、町が廃れ檀家が減っていくのではと心配です」。小林住職は、本山からの被災寺院アンケートにそう回答した。もともと高齢化が深刻な地方の縮図だった陸前高田に震災が追い打ちをかけた。ハード面よりむしろそういう不安が強いからこそ、「寺が頑張らなくては」と思う。

震災の記憶の風化や都会からの「忘れない」のメッセージに一喜一憂もするが、「それより、おらたちの体験したこと、今体験していることを教訓にしてほしい。もう何度も言って、言い疲れたけど」。そう住職は念を押した。

(北村敏泰)