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8.共感協力の輪広がる

2016年4月6日付 中外日報(伝えたい忘れない-大震災から5年)

青龍寺・工藤住職

自作の「海潮音」を篠笛で奏でる工藤住職(宮城県気仙沼市の青龍寺で)
自作の「海潮音」を篠笛で奏でる工藤住職(宮城県気仙沼市の青龍寺で)

「若い人たちの一生懸命の聞き取りには感動します。帰ってそのままのことを伝えてもらえれば」。宮城県気仙沼市、曹洞宗青龍寺の工藤霊龍住職(52)は、支援活動を続ける大阪大大学院の稲場圭信教授(46)が指導するフィールドワーク研修で毎年訪れる学生院生たちを心強く感じている。妻佳子さん(43)も「つながっているのがうれしい。親のような気持ちになります」と目を細めた。稲場教授も成果を実感するこの交流は昨年8月6日、住民と支援者が一体となって企画した鎮魂と復興の催し「レクイエム・プロジェクト気仙沼2015」となってさらに大きなつながりの実を結んだ。

同年3月11日に稲場教授が呼び掛け、工藤住職をはじめ地元の様々な団体代表らが実行委員となった。数カ月の準備活動を重ねて、研修の学生らやアーティスト、支援グループ、行政も含めた関係者が力を結集。音楽や記録映像の上映、メッセージ披露が繰り広げられ、会場の市民会館は感動に盛り上がった。

「もっと何か皆でできることを、というのがスタートでした」と稲場教授。いろんな縁がつながって協力の輪が広がり、中でも「地域や行政にまで通じるお坊さんのネットワークはすごい」と感心した。その仲介もあって実行委員長を引き受けた市会議員の村上佳市さんは当日の挨拶で、「震災になす術もなかったが、ここまで歩んできました。建物などの復興は進んでも心の復興はまだ難しい。鎮魂の祈りを捧げるとともに後世に未曾有の災害を伝承することが、生かされた私たちの使命です」と、伝えることの重要性を強調した。

工藤住職は「皆でやっているうちに意味が見えてくる。やるべき意義があるので参加しました。誰でも、関わっておれば必ずつながりができます」と語る。自身はオープニングで篠笛の演奏を披露した。自ら作曲した「海潮音(みしおね)」。「吹いていたら天から音が降ってきた」という、透き通った音色がたゆたうような調べが会場を包んだ。

引き続き、東京の作曲家上田益さんと福島の詩人和合亮一さんが被災地慰霊のために書いた混声合唱曲「黙礼」を、地元の女性、子供たちのコーラスや阪神・淡路大震災の被災地神戸から40人で駆け付けた市民合唱団有志らが、宮城の画家加川広重さんが東北の被災地を描いた巨大絵画をバックに熱唱した。

鎮魂曲など多様な音楽演奏、トーク。そして、生まれ育った気仙沼の震災前の記憶を聞き書きで「んだんだ」本にまとめ、プロジェクトの実行委にも加わった慶応大大学院生小野里海さん(24)が、映像と本の朗読を披露した。

ラストは、唱歌「ふるさと」を客席の人たちも一緒に全員で歌い上げた。「夢は今も巡りて 忘れがたきふるさと」。時折、涙声が混じる合唱に、稲場教授もスタッフとして走り回った学生たちも胸に万感の思いが迫り、人々の心が一つになったと感じた。

学生たちも多くのものを受け取った。同大学院人間科学研究科の金夏琳さんは「出演者だけでなく観客もイベントの構成員として『参加』していると感じた」。2年連続参加した医学系研究科の波田野希美さんは「(震災の教訓を)当事者として忘れない、というより『自分たちが伝える』という皆さんの意識を感じました」という。

「一度つながりを持てばもう『他人事』ではなくなる。気仙沼のことを『自分事』として考え続けていくことが恩返しではないか」。学生たちが報告書にそう書いたことについて、稲場教授は「被災者の悲しみや苦悩は被災地以外の者には分からないが、それでも心を寄せることはできるし、現場でつながることが大事。それを学んでくれたと思います」と話す。

そして、「かさ上げ工事など形になって動いている復興の大きな流れに乗れず、押しつぶされそうになっている人たちは声も上げられない。支援することはまだまだ多くある。外部の宗教者は、現地で悲惨な状況に向き合っている宗教者に対するケアをもっとしなければ」と5年を経た課題を指摘した。

あの日、工藤住職は津波と町中を焼き尽くす大火災に「気仙沼は終わった」と思ったという。鎮魂のプロジェクトで演奏した「海潮音」は、観音経の「梵音海潮音(ぼんのんかいちょうおん)」から曲名を付けた。「つまり森羅万象が奏でる音。観音様が衆生を救う菩薩行のように、救いのために精いっぱいやろうという気持ちです」

(北村敏泰)