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1、宗教と法の感覚 人間としての最低要件

宗教法および宗教経営研究所所長教授櫻井圀郎

2018.03.23~2018.04.13

  • 1、宗教と法の感覚 人間としての最低要件
  • 3、聖俗の分離 宗教団体・法人にも存在
  • 2、誤解多い宗教法人 本質は宗教団体の財産管理
  • 4、聖法と俗法 混乱招く部外者の誤解

宗教改革者カルヴァンは「神の像」に創造された人間が神との契約を破った結果、「神の像」は著しく損壊されたが、罪人にも「神の像の残滓」としての「宗教の種子」と「法の種子」があるといっています。

宗教の種子からは神を認知する神的感覚や神を礼拝する宗教意識が生じ、法の種子からは秩序を認知する法的感覚や正義や悪を究める善悪意識が生じるとし、罪人にも宗教と法の感覚だけは存すると論じました。

「宗教と法の感覚は人間としての最低要件」ということです。歴史的にもエジプト、メソポタミア、地中海、印度、中国、日本など、古代から現代まで神と法は一体不可分の関係で、神学と法学は密接な関係の中で営まれてきました。

特に西方基督教会では、ローマの法律解釈学に倣った聖書解釈学が生まれ、ローマ法学を基礎として神学が形成され、西ローマ帝国滅亡後は、ローマ法の伝統をカトリック教会が引き継ぎ、聖法と俗法とを究めた両法博士によって取り扱われてきたなど、法学と神学は密接な関係にあります。

岩倉使節団で訪欧した伊藤博文も「欧州に於ては憲法政治(法律制度)の萌せる事千余年、独り人民の此制度に習熟せるのみならず、又た宗教(基督教)なる者ありて之が機軸を為し、深く人心に浸潤して人心此に帰一せり」とみていました。

日本では戦後の徹底した無宗教(反宗教)教育の結果、宗教は埒外に置かれ、法は全く無宗教的に扱われていますが、そこが日本社会の最大の弱点です。

証拠さえなければ(つまり、人間的に証明されなければ)、不正も、違法も、犯罪さえも許されるという風潮が強いのも、絶対的な基準や大所高所からの判断ではなく自己中心の考え方で占めるのも、宗教否定のゆえでしょう。

絶対的正義の基準である神仏を否定する社会は「力の支配」が当然となり、「善を悪、悪を善」と言い換え、正義の士を追放し、悪者が社会を占め、自らを崇拝させ「法の概念」を根本から変えてしまいます。

日本の現在を見定め、将来の日本を正しく構想するためにも「宗教の視座」が強く求められます。