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1、教えの必要性 最初は感じられなかった

真宗佛光寺派大行寺住職英月

2018.09.07~2018.10.05

  • 1、教えの必要性 最初は感じられなかった
  • 3、教えはどこに すでに私たちの元へ
  • 2、教えに出遇う 日本ではなくアメリカで
  • 4、教えとは 聞かずにいられないもの

京都の町中にある小さな寺の住職を務めております、英月です。ハッキリ言って、なりたくてなった住職ではありません。それだけでなく、寺に生まれ育ちながら教えの必要性を感じていませんでした。

それが今、教えに向き合う日々を送っています。私の思いを超えて頂いたご縁の不思議を、感じずにはいられません。4回の連載では、私が行っている活動を紹介することを通して、教えに出遇うとはどういうことなのか?を、皆さんと一緒に尋ねていきたいと思っております。よろしくお付き合いくださいませ。

さて、最近の活動で特筆したいことのひとつが、本です。今年の春に春秋社から『そのお悩み、親鸞さんが解決してくれます』が出版されました。これは日経BP社から出版された『あなたがあなたのままで輝くための ほんの少しの心がけ』に続く2冊目の単著です。前者が親鸞聖人の御和讃、後者が「正信偈」の入門書であり、エッセーとしても読んでいただける内容となっています。

でもね。正直な話をしましょう。御和讃も「正信偈」も、実は全く知りませんでした。もちろん、物心がつく前から本堂でお勤めはしています。耳にし、目にし、口にしてきました。けれどもそれは音の羅列でしかなかったのです。その内容と自分の人生が関わるとは、まして、この私への呼びかけとは思いもしませんでした。ひょんなことからその内容と出遇った時、恋愛も仕事も人生も全ての答えはここにあった!と驚きました。と同時に、どうして誰も教えてくれなかったのかとも思いましたが、耳にしても、聞いていなかったのは他でもない私自身です。

約800年前、悲しみ、苦しみ、迷い、のたうちまわった人生の先輩、親鸞聖人から私たちへのメッセージ。御和讃や「正信偈」を通して、親鸞聖人が出遇うことができた教えに今、私も出遇わせていただく。それは勉強したから得られることでも、善人になって得ることでもありません。たまたまです。それが証拠に私は家出先のアメリカで教えに出遇うご縁を頂きました。では、その話は次回に。