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京都市の企業・宗教施設の避難誘導 ― 災害から観光客守るモデル

立命館大情報理工学部学部長 仲谷善雄氏

2015年6月26日付 中外日報(論)

なかたに・よしお氏=1958年、大阪府生まれ。大阪大人間科学部卒。三菱電機を経て、2004年4月から立命館大情報理工学部教授。14年4月から学部長。認知工学の方法を防災、観光支援、思い出工学、感性工学に適用。著書に『ヒューマンインタフェースの心理と生理』(共著)など。論文等多数。

言うまでもないことだが、京都市は世界的な観光地である。年間5千万人もの人が観光や参拝に訪れる。その中には、100万人を超す海外からの観光客や、ほぼ同数の修学旅行生が含まれる。一方で、我が国は世界的に地震などの災害が多い国である。世界で発生するマグニチュード6以上の地震の2割強が日本で発生している。

それでは、京都市で地震などが発生したとき、誰がどのように観光客を守るのだろうか。実はこれが自明ではない。驚くべきことに、我が国の防災は住民が主な対象であり、住民票がベースなのである。観光客や住民票を移していない下宿生などは守るべき人の数に入っていなかった。このような防災が、東日本大震災の際に関東において大規模な帰宅困難者が発生したことを受けて変わろうしている。

観光地の災害時の対策について

これまで観光地では、災害の発生を前提とした対策を公表し、防災をアピールすることは、「観光客に対してマイナスイメージを与えてしまうのではないか」との危惧の下、忌避されてきた。しかし実際にはこの心配は杞憂でしかなく、むしろ、災害時における観光客への対策を充実させることは、観光客だけではなく観光地の側にとっても非常に重要なのである。大規模災害が発生すると、たとえその観光地が直接的な被害を被っていなくとも、「何となく危なそう」という心理が働き、宿泊施設の予約キャンセルなどの観光手控え行動が見られる。東日本大震災でも、原子力発電所被災の風評被害があり、京都市をはじめとして、被災地から遠距離の地域でも外国人観光客が激減した時期があった。

「観光客を災害から守る」をキャッチフレーズにすることで、観光地としての評価を上げられるとともに、観光で生活している観光地の住民の生活を守ることにもつながる。世界的な災害大国である日本が、国際競争力のある観光立国を目指すためには、観光客に安心して楽しんでもらえるように、観光客防災・減災施策の推進とそのアピールは不可欠で、当然の責務である。

京都市の取り組み・3部会で検討

京都市は東日本大震災を受け、すぐさま地域防災計画を見直した。私も副委員長として参画し、各種の防災施策を「ひと」「情報・手段」「もの」という観点から大別した三つの部会において、避難所の開設・運営、防災訓練、物資調達、情報、都市基盤施設の耐震化等の各課題に関する現状把握と今後の方向性等について検討した。結果、帰宅困難者対策を中心に130項目に及ぶ取り組むべき対策を提言。これを受けて、翌年から観光地対策協議会、事業所対策協議会、ターミナル周辺対策協議会からなる観光客防災「京都モデル」を推進することになった。

東日本大震災以前より

実は京都市の取り組みは東日本大震災よりも前、2005年から始まっている。このとき筆者は京都市消防局から研究費を頂く機会があり、その中で京都大学の矢守克也先生と以下のことを提案した。①観光客を対象とした防災が京都市では非常に重要である②市内周辺に散在する観光地から観光客が一斉に市中央の鉄道駅に集まることは、観光客自身にとって危険であるばかりでなく、群集流によって緊急車両の通行が妨げられたり、住民の避難の妨げになる③したがって、災害発生直後には、観光地あるいは観光地の周辺に観光客を留め置き、鉄道再開後に順次駅に誘導する段階的避難誘導方法が有効である④観光客を留め置く場所は、住民の避難所とは別の場所にする――。京都市はこの提案の重要性を認め、それ以後、計算機シミュレーションを構築して、観光客が一斉に駅に向かうとどのような状況が発生しうるのか、段階的避難誘導を実施することでその状況が改善できるのか、などを検討してきた。それに基づき、観光客を留め置く具体的な候補地も検討した。そのような動きの中で東日本大震災が発生、準備はできており、機が熟し、あとは実行あるのみ、となった次第である。

「京都モデル」観光地対策協議会

具体的に活動を紹介したい。まず観光地対策協議会では、13年度に清水・祇園地域と嵯峨・嵐山地域をモデルに選んで、地元商店街、寺、神社、ホテル・旅館などにメンバーになっていただき、以下のことを決めた。①清水寺、高台寺、天龍寺、国立博物館などの大規模な空間を持つ施設を緊急避難広場として定め、観光客を留め置く場とする②市職員は発災直後に現場にかけつけることは難しいため、現場での観光客の誘導には地元商店街、寺、神社などが当たらざるをえない③宿泊の必要がある場合には、被災していないホテル・旅館の空きスペースを一時滞在施設として使い、観光客を収容する④京都市と緊急避難広場および一時滞在施設との連絡網を確保するため、防災無線やPHSを配備する⑤一部の緊急避難広場は、京都市からの情報を観光客に提供する情報拠点とする――など。

これを受けて緊急避難広場および一時滞在施設となる施設と協定を締結した。14年度には、対象2地域を関係者と現地確認し、清水・祇園地域では大規模な観光客避難誘導訓練を実施した。また京都市全域に緊急避難広場および一時滞在施設を展開できた。情報提供の面では、観光用の無線LAN網を利用して、災害時に多言語で災害・被災情報を提供するシステムも導入。さらに観光地に緊急避難広場に誘導するための道路標識を設置し、観光客向けのパンフレットも作成した。今年度は秋に嵯峨・嵐山地域での避難誘導訓練が計画されている。

事業所対策協議会

事業所対策協議会では、市内に存在する100の事業所を、工場を有する大企業、ホテル・旅館、大規模集客施設、主要な大学・高校の四つの部会に組織し、「帰宅困難者を出さない」方策について検討した。すなわち①鉄道を利用して帰宅する従業員や学生はその場に留め置く②最大3日分の備蓄を備える③統一的な帰宅困難者対策ガイドラインを策定して共有する④各事業所はそれぞれの事情に照らして可能な対策から順次検討実行する⑤それぞれの事業所だけで対応を考えるのではなく、他の事業所や地域との連携を念頭に置く――などである。

100もの事業所のベクトルを合わせることは容易ではない。協議会では高いレベルの一律の対策を強いるのではなく、それぞれの事情を勘案し、できることから順番に実行すること、各事業所で無理なことは他の事業所や地域として取り組んでいくことを強調し、まずは前に進むことを重視した。その結果、様々な取り組みが始まった。筆者の所属する立命館大でも、学生の安否確認システムの導入や、教職員・学生による避難訓練などが行われるようになった。現在、事業所対策協議会の活動としては、年1回の情報共有の場として研修会が開催されている。

ターミナル周辺協議会

ターミナル周辺対策協議会では、観光客の3割強が利用するJR京都駅の周辺対策を検討してきた。観光地対策協議会と事業所対策協議会で検討・実施する対策によって一定程度の観光客や通勤・通学者は駅に向かわずその場に留めるものと期待されるが、それでも駅に向かう人はいる。そもそも駅周辺には10万人もの人がいる。そこで、鉄道会社や駅周辺の大規模施設をメンバーとして①災害時の一斉帰宅の抑制と駅および周辺の人達の緊急避難広場への誘導②周辺施設に避難者を収容するスペースの確保③地域の合同訓練の実施――を中心に活動している。

13年には都市再生特別措置法に基づいて京都駅周辺地域都市再生緊急整備協議会が設置され、本協議会はその下で都市再生安全確保計画部会として活動している。まず京都駅周辺地域都市再生安全確保計画を作成し、基本方針を共有。14年度には、JR東海、JR西日本、近鉄、地下鉄、駅ビル、京都市から630人が参加して真夜中のJR京都駅構内で避難誘導合同訓練を日本で初めて実施した。また駅及び駅周辺に滞留している来訪者を安全に避難誘導するプロセスを図上訓練でシミュレートし、意見交換した。結果、市内の混乱を回避するためには、まずは駅に人が集中しないようにすることが重要である▽特に観光客が多い清水・祇園地域と協力して訓練等を進める必要がある▽観光客等が駅や市民のための避難所に行かないよう適切な情報提供や誘導が必要――などを確認した。

ソフト面での課題

以上のように京都モデルは、ハードウエア的には一定の到達点に達したと言える。しかし、ソフトウエアの面では課題が残る。例えば、緊急避難広場の観光客を鉄道再開後にどのような順番やタイミングで誰が駅に誘導するのか、一時滞在施設に収容する際に誰を優先するのか、などだ。様々な視点から検討し議論したい。また、観光地が対策を考えても、肝心の観光客が避難誘導に従わずに勝手な行動をとっては意味がない。京都市の観光中に被災したら市の誘導に従う、ということを観光客に強くアピールする活動が必須である。

最大のもてなしは安心・安全

これら一連の対策を検討・進めるに際して、門川大作市長の強いリーダーシップがあることも忘れてはならない。市長は「最大のもてなしは安心・安全である」との考えから、市民やマスコミにメッセージを発信するとともに、ご自身が率先して各種の訓練に参加いただいている。帰宅困難者対策がうまく進んでいない都市も少なくない中で、京都市が着々と対策を進めていけているのは、市民、観光地、事業所などの地元の方々の理解と危機感による部分が大きいことは言うまでもないが、首長のリーダーシップが重要であることを再認識する次第である。