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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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小さな光を肯定する祈り ― 絶望の中、背を押してくれる

ノンフィクション作家 石井光太氏

2015年9月4日付 中外日報(論)

いしい・こうた氏=1977年、東京都生まれ。作家。世界の貧困問題から日本の災害、事件、歴史までを幅広くテーマとして扱う。主な著書に『物乞う仏陀』『遺体』『浮浪児1945‐』『祈りの現場』など。

ノンフィクションは、事件や災害や戦争など過酷な現場が舞台になることが少なくない。書き手としては、そこに足を踏み入れて、起きている出来事を目にするのだが、見渡すかぎり闇に閉ざされたような暗い現実というのも多々ある。

「神や仏なんていないんだ。祈っても助けてくれやしない」

悲劇の現場では、こうした声をよく聞く。どん底に突き落とされた人々は、どうしても神や仏に見捨てられたと思いがちなのである。

しかし、彼らが永遠に神仏に絶望しているかといえばそうではない。そういう人々にかぎって、あることをきっかけに神仏に深く傾倒することがある。一度神仏の不在を嘆き、絶望し、怒りを示し、それでも小さな光を見いだして手を合わせるようになるのだ。

話を抽象化させても意味がないので、具体的な例を挙げたい。次の話は、かつてネパールのハンセン病の物乞いを取材した時のことである。

犬に生まれ変わる

その男性の体には10代でハンセン病の症状があらわれて迫害され、ヒマラヤの山中を長い間差別を受けながら転々とし、30歳ぐらいの頃に町にやってきて物乞いとなった。毎日カトマンズのチベット寺院の前にすわって小銭をもらうだけの日々で、話し相手は物乞いをする中で知り合った同じハンセン病の老人ただ一人だった。

彼はヒンズー教徒だったが、神を信じていなかった。これまでさんざん祈ったのに、病気が治ることも、人々の迫害もなくなることはなく、祈りなど何の意味もないと考えるようになったのだ。

町に来て10年ほどしたある日、唯一の話し相手である老人が亡くなってしまった。体調を崩したかと思うと、2日後にころりと死んだのだ。彼はそれから来る日も来る日も一人ぼっちで過ごさなければならなくなった。愚痴をこぼす相手も、ケンカをする相手もいない。寺で目が合うのは、数日前からウロウロしている野良犬だけだ。彼は次第に孤独の中で自殺を考えるようになった。

「もう死んでしまおう」

寺の前でそう思っていた時、目の前を歩く野良犬を雑貨屋の息子が呼ぶ声が聞こえた。耳に入ってきたその犬の名前は、亡くなった老人のあだ名と同じだった。

その瞬間、彼は「あの犬は老人の生まれ変わりにちがいない」と思い、自殺を思いとどまった。それからは、毎日物乞いで稼いだお金でその犬に餌をあげるのが楽しみとなった。

――神が、自分と老人を再会させてくれたのだ。

彼はそう考えるようになり、それ以来熱心なヒンズー教徒になり、一日の終わりにはかならず寺院で神に祈りを捧げるようになった。

祈りが希望支える

差別と孤独の闇の中で、ハンセン病の男性が見いだした唯一の光が野良犬だった。祈ることによって、彼は神が老人を野良犬に生まれ変わらせて再会させてくれたと信じることができるようになったのだろう。つまり、祈りが希望を支えてくれたのだ。

このように悲劇の闇に閉ざされたような状況の中で、人が己の心を支えるためにふと祈りをはじめることがある。日本のノンフィクションの現場でも同じだ。東日本大震災の取材の体験から例を示したい。

死に顔にほほ笑み

東日本大震災が発生し、被災地には遺体安置所が設置された。遺体安置所とは、被災地で見つかった遺体が集められ、遺族が身元確認をするところである。

Aさんは震災以来、兄Bさんの遺体が見つかっていなかった。親族の中には神頼みとばかりにお寺に御参りに行く者もいたが、彼は宗教に頼ったところで見つかるわけがないと思って行こうともしなかった。

1カ月がたった頃、被災地でBさんの遺体が発見され、ダンプカーの荷台に載せられて遺体安置所に運ばれてきた。遺体は腐敗しており、骨が外れて下顎がズレていた。まるで津波に押し流された苦しみをそのまま表しているかのような形相だった。

やがて、Aさんが親族とともに身元確認にやってきた。Aさんは兄の無残な死に顔を見て言葉を失って立ちすくんだ。そんな時、職員がそっと歩み寄って、外れていた顎をはめ直して口を閉めて言った。

「こうしてみると、Bさん笑ってるみたいですね。きっと家族と会えてお葬式をしてもらえるのがうれしいんでしょうね」

Aさんはそれを聞いて安心感に包まれた。そして涙を流しながら、「本当だ、兄貴がうれしそうに笑ってる。見つけるのが遅れてごめんな、早くお骨にしていただいて家に帰ろうな」と呼びかけた。

それ以来、Aさんは立派な仏壇を買って、兄の遺骨に毎日手を合わせるようになった。そうしていれば、天国の兄が笑ってくれているように思えてならなかったからだという。

一歩一歩前に歩く

冷え切った遺体安置所に並べられた無数の遺体。その光景は、まさに絶望一色に塗りつぶされていた。

だが、AさんはBさんの顎の骨をはめてもらったことで「Bさんが喜んで笑ってる」と思うようになった。そしてそこに光を見いだし、仏壇を買って毎日手を合わせるようになった。それは絶望の闇の中を一歩一歩前に向かって歩いていく作業だったのだろう。

悲劇の現場に立つ時、私は時折こう思う。

真っ暗闇の絶望の中で人間は生きていけるほど強くない。だからこそ、他人にとっては何でもない些細なことに「小さな光」を見つけ出し、それを足場にして一歩ずつ前に進んで生きていこうとするのではないか。そして神仏はその人が光として信じようとしているものをそっと肯定してくれるのではないか、と。

神や仏は、たしかに人々が祈ったからと言って悲劇から救い出してくれるわけではない。だが、人々が暗闇の中に「小さな光」を見いだした時、それを静かに認めて背を押してくれるのだ。まるで、犬は老人の生まれ変わりなんだよ、とか、Bさんは笑っているんだよ、と語りかけるように。

たぶん、これはかならずしも悲劇の渦中にいる人々の話だけではないのだろう。私たちもまた気がつかないところで、身の周りにある何でもないものに「小さな光」を見いだして生きている。それらは決して宗教と呼べるものではないかもしれない。だが、人々が祈りを捧げれば、かならず神仏はそれを肯定してくれる。

祈りは、日常の何でもないことを「小さな光」として闇を照らしてくれる。そう考えれば、祈りはどんなに世界を豊かにするものなのだろう。

取材を終えて悲劇の現場から日常に帰って来た時、日常のありふれた物を見回しながら、私はたびたびそんなことを思うのである。