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今上陛下の“高齢譲位”と新天皇の御大礼

京都産業大名誉教授・モラロジー研究所教授 所功氏

2016年10月7日付 中外日報(論)

ところ・いさお氏=1941年、岐阜県生まれ。名古屋大大学院文学研究科修士課程修了。法学博士(慶応大・日本法制文化史)。皇學館大、文部省、京都産業大を経て、2012年から京都産大名誉教授、モラロジー研究所研究主幹、麗沢大客員教授、皇學館大特別招聘教授など。著書に『皇位継承のあり方』(PHP新書)、『皇室典範と女性宮家』(勉誠出版)など。編著『皇室事典』(角川学芸出版)、『日本年号史大事典』(雄山閣)など。
参与会議で御意思表明 六年前から提起された問題

周知のとおり、7月13日、NHKテレビから「天皇陛下“生前退位”の意向」が報じられた。ついで8月8日、ビデオにより「象徴としてのお務めについての天皇陛下のお言葉」が各局から放映された。

しかも、『文藝春秋』10月号によれば、すでに平成22年7月22日、御所における「参与会議」で、陛下(満76歳)みずから「私は譲位すべきだと思っている」と切り出された。それに対して皇后陛下と5名の出席者(参与3名および羽毛田信吾宮内庁長官と川島裕侍従長)も驚愕し、「退位に反対された」「全員が摂政案を支持した」という。

けれども、陛下が「天皇という存在は、摂政によって代行できるものではない。皇太子に譲位し、天皇としての全権と責任を譲らなければならない」と強調し続けられた。その結果、「皇后も(皇太子も秋篠宮も)、天皇の固い意思を確認され、やがて退位を支持する」に至られた。

ついで、平成24年2月、心臓の冠動脈バイパス手術を受けられた陛下(78歳)は、「高齢化による障害(母である香淳皇后の晩年のご様子)について率直な思いを話される」と共に、「平成30年までは頑張ろう」と仰せられ、「それまでに目途をつけてほしいというお気持ちを伝えて」おられたという。

このような御意向は、長官から政府に伝わっていたにちがいないが、政府は直ちに対処せず、今年に入っても摂政案で乗り切ろうとしていたようである。しかし、8月8日以降は、安倍首相も「天皇陛下のご年齢や……ご心労に思いを致し、どのようなことができるのか、しっかりと考えていかなければならない」と述べ、9月23日、有識者会議を立ち上げた。

皇室典範第4条に増補 “高齢譲位”実現への道を拓く

そこで、先人の論議を振り返ると、昭和21年12月、現行の皇室典範案を審議した帝国議会において、貴族院議員の佐々木惣一博士(京大教授)は、「天皇が……国家的見地から自分は此の地位を去ることが良いとお考へになる……そう云ふ御希望があるならば……(国会も)それが国家の為になるかどうかと云ふことを判断し……(双方)合致した……ならば……退位せられるやうなことにする……それに依つて国家の行くべき道、又国民が自己を律すべき道と云ふやうなものが……そこに教へられると云ふことになる」から、「天皇の御退位と云ふことが可能になる所の余地と云ふことを定めて置く必要がありはしないか」と述べておられる。

また、この典範案審査委員会の幹事を務めた宮内省(のち庁)の高尾亮一氏は、昭和37年、憲法調査会に報告した「皇室典範の制定経過」の中で、「もし予測すべからざる事由によって、退位が必要とされる事態が生じたならば、むしろ個々の場合に応ずる単行特別法を制定して、これに対処すればよい」と指摘している。

さらに、皇室法研究会編の共同研究『現行皇室法の批判的研究』(昭和62年、神社新報社)では、「葦津珍彦氏の説」として「天皇が……国家国民のために、日本国の道が決定的に誤つてゐると思はれる時には、その公的御意思によつて、退位を表明なさる“権能”があるべきではないか」との見解を注記する。

それらの先賢は、天皇の“終身在位”を前提としながら、「予測すべからざる事由によって」「国家的見地から」「公的御意思によって」天皇が退位=譲位を希望される場合もありうることを想定し、それが可能になる「余地」「権能」を認めて、個別的に「単独特別法」で対処する方法をも提示していたのである。

しからば、今回はそれに該当するだろうか。7月の報道と8月のお言葉を併せて考えれば、今上陛下の御意向は、過去のような“生前退位”ではない。

今や70年前に予測し難かった“超高齢社会”を迎えて、まもなく83歳の陛下が、次第に進む体力・気力の低下を深刻に懸念され、次世代への譲位をすることによって「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」ておられる。正確に申せば、高齢のみを理由とする譲位の御叡慮であり、それが「国家的見地から」「公的御意思によって」いるとみなすことは、十分可能だと思われる。

それでは、陛下の御意向を実現するには、どのような法的措置が必要だろうか。私は典範の第4条「天皇が崩じたときは、皇嗣が直ちに即位する」という原則を残し、その中間に「又は皇室会議の議により退位した(ときは……)」の15文字を加えたらよいと考える。この点、明治の皇室典範が、本文を変更せず「時ニ随ヒ宜ヲ制シ以テ国運ノ進展ニ順応スル」ため「増補」という形で新条文を補ったような方法も参考になろう。

とはいえ、そのため論議が複雑化・長期化し過ぎるようであれば、当面は高尾説のごとく、典範と別に「単行特別法を制定」することが、現実的な対処法かもしれない。

東京五輪前年にも実現? 次代の践祚式と即位式と大嘗祭

ともあれ、政府と国会の真摯な取り組みによって、今上陛下の「高齢譲位」を可能とする道が拓かれるならば、近い将来それが実現されるにちがいない。

畏れ多いことながら、その時期を敢えて推測すれば、平成31年早々、陛下(85歳)が皇太子殿下(59歳)に譲位されると、その翌年(2020年)の東京オリンピック・パラリンピックは新天皇を名誉総裁として迎えることになろう。

その場合、主要な三つの儀式=御大礼が行われる。まず第一は、皇位継承に不可欠な三種の神器と二種の御璽(戦後の皇室経済法では「皇位と共に伝わるべき由緒ある物」と称する)を、現皇太子が受け取られる「践祚式」(前回から「剣璽等承継の儀」と称する)である。これが前回は先帝の崩御直後に深い悲しみの中で行われた。

しかし、いわゆる生前退位(私のいう高齢譲位)が実現すれば、まだお元気な今上陛下から皇太子殿下に直接お手渡しされるような践祚式を晴れやかに行われることも可能であろう。

ついで第二は、新天皇の皇位継承を国内と海外に披露し、新時代に臨む決意を表明される「即位礼」である。これが前回は、先帝の1年にわたる諒闇(服喪)を終えてから準備して、平成2年11月12日昼、皇居の宮殿(松の間)で、京都御所から運んだ高御座に天皇が(また御帳台に皇后が)登って行われた。

しかし、生前退位(高齢譲位)が年初に行われるならば、その直後より準備して、半年以内に実施されることも可能となろう。その場所は、国内外の代表数千名が参列されるから、前回同様、皇居の宮殿を用いられるとみられる。

さらに第三は、毎年11月23日夜、宮中の神嘉殿で営まれる新嘗祭を、御代始めの神事として大規模に行われる「大嘗祭」である。これが前回は、即位礼から10日後の11月22日夜から翌未明まで、皇居の東御苑で斎行された。しかし、仮に譲位・践祚が年初に行われたら、直ちに神饌用の米と粟を作る悠紀地方(主に東日本)と主基地方(主に西日本)の斎田を卜で定め、その秋に収穫して実施されることも可能になろう。

ただ、その大嘗祭は、東京よりも京都の方がふさわしいと思われる。戦前は明治天皇の叡慮に基づく旧皇室典範の定めにより、大正天皇と昭和天皇の場合、即位礼も大嘗祭も京都で実施された。それゆえ、盛大な即位礼は、平成と同じく皇居の宮殿で行われるにせよ、厳粛な大嘗祭は、大正・昭和と同じく、京都御所の東南にある仙洞(上皇)御所の跡地に大嘗宮を建て、古式ゆかしく営まれることが望ましいのではなかろうか。

なお、今秋(9月10日から11月13日まで)京都市伏見区の京セラ美術館と城南宮で「近世京都の宮廷文化」展覧会を開催している。これは昨年の大正大礼百年を機として民間有志(代表小生)が企画し、京都市・京都府神社庁・京都新聞社の後援により実現した。江戸時代を中心に明治・大正・昭和の即位礼と大嘗祭に関する貴重な優品を多数展示している。おそらく3年後に迎えると予想される次代の御大礼について考えるためにも、ぜひ参観して頂きたい。