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「核廃棄物」減らせない現実 ― 宗教者提唱すべき人道上の問題

平和活動団体「ピースプラットホーム」事務局 森俊英氏

2017年3月8日付 中外日報(論)

もり・しゅんえい氏=1962年、大阪府生まれ。浄土宗正明寺住職。湯川秀樹博士の平和思想を学び、「核兵器廃絶・核の問題」の活動に力を注ぎ、その分野における宗教者の役割を注視する。現在は国内外の平和活動家と協働し、福島・青森県へのスタディーツアーなどに参画。
1 減らすことができるか?

安倍晋三総理は「核燃料サイクルは、高レベル放射性廃棄物の量、および放射線レベルを格段に減少させ……」と国会で語った。報道でそれを聞いた私は自分の耳を疑うとともに、そのようなことが現実に可能なのか?と驚いてしまった。この発言は2016年9月29日、国会(参議院)における共産党・市田忠義議員の質問に対しての安倍総理の答弁の一部である。答弁における前後の発言趣旨から見ても、この部分は重要な論拠としての位置にあり、聞く者に「核燃料サイクルの優位性」を強く印象づける形になっている。

実際に、「高レベル放射性廃棄物の量、および放射線レベルを格段に減少させる」ことができるならば、それは人類にとって朗報である。人類(先進国)が作り出してしまった「核廃棄物」処理への大きな貢献となる。

ところで私は、その国会開催の数日前、核燃料サイクルの工場がある青森県の六ヶ所村を訪ね、現地の方から説明をうけていた。それゆえに、青森から帰った直後、耳に入った安倍総理の発言をそのままに納得してしまうことができなかった。私が青森で見聞してきた現実からは、そのような朗報は有り得ないからである。

では、なぜ安倍総理は上記のように発言できたのであろうか。

2 市民の立場で理解できる

震災以降、私は福島県および青森県に足を運び、現地の方・専門家に案内してもらいながら、原発事故の現実や核廃棄物処理について学んできた。原子力・放射性物質の分野は複雑であり、とても難解な表現も多く使われていて市民レベルでは理解し難い感もある。

ただし、「高レベル放射性廃棄物を格段に減少させる」方策(技術)が存在するか否かに関しては、私たち市民レベルでも十分に理解できる範囲にある。そこで、安倍総理の発言への懸念について、順序立てて論述してみるので読者諸氏も一緒に考えてもらいたい。まずは、安倍総理の発言の最初にある「核燃料サイクル」の説明から始める。

3 「核燃料サイクル」とは

福島第1原発事故以降、私たちは「使用済み核燃料」という用語を報道で何度も聞くようになり、その危険性、さらには処理に困っている現状も知ることとなった。現在、日本国内には8万体近くの使用済み核燃料集合体(4メートルほどの棒状)が存在している。そのうち約6万体は各地の原発敷地内、あとの約2万体は青森県の六ヶ所村・他でそれぞれ保管されている。

ところで、この危険な使用済み核燃料(棒)を処理するのに二つの方法がある。一つ目は直接処分する(地中に埋める)方法で、アメリカ・カナダ・スウェーデン・フィンランドなどが採用している。二つ目は「再処理」という方法で、燃料棒を溶解して、廃棄すべき物質と再利用できる物質とに分けるものである。すなわち、直接処分ならば、すべてを捨てるべきところ、「再処理」では、その一部を再利用するのであるから「核燃料サイクル」と呼ぶわけである。日本は後者の「再処理」を目指している。

4 「格段に減少させる」の意味

「直接処分」においては、使用済み核燃料全体を「高レベル放射性廃棄物」とみなして地中に埋めている。一方、「再処理」では廃棄すべき物質と再利用できる物質とに分けることにより、前者を「高レベル放射性廃棄物」と呼び、後者は「資源」とみなしている。このあたりから、安倍総理が表現した言葉の意味が見えてくる。

もう少し詳しく言うと、核燃料サイクルの推進パンフレット(注1)には次のように説明されている。

「使用済み核燃料を廃棄物として、そのまま直接処分する場合と比べ、再処理することで高レベル放射性廃棄物の体積は約4分の1に減容できます」

このように体積比(容積比)が減少するわけで、これはあくまでも直接処分する方法に対しての「比較」による減少と言えるのである。すなわち、私たちは安倍総理の発言が、このような「比較」のうえでの「減少させる」という意であることを、まず押さえておかねばならない。決して、危険な放射性物質の多くを、この世から消し去ることができる技術が「核燃料サイクル」にあるのではない。

5 「資源」とみなした放射性物質は

さて、「再処理」後には、廃棄物と呼ばず「資源」とみなした放射性物質が多く残るわけだが、その先は次のような工程となっている。簡単に言えば、その「資源としての残り」の中にあるプルトニウムとウランを使って「MOX燃料」を作り、それを再び原発で使うという計画で、これが「再利用」である(「MOX燃料」とは新しいタイプの原発用核燃料であり、それに対して従来のものは「ウラン燃料」と呼ばれる)。しかし、その後は、やはり「使用済みMOX燃料(棒)」が残ってしまうことは想像にやさしい。

ところで、プルトニウムを含んだ「MOX燃料」は、従来の「ウラン燃料」に比べて放射能が強い。その分「使用済みMOX燃料」を再処理するときには、さらに危険性の高い核廃棄物を生み出すこととなる。こうした懸念は「先のこと……」として放置されているところに「再処理」政策の無責任さがある。

ちなみに、通常の「使用済み核燃料」を再処理するのは、青森県六ヶ所村の工場であり2018年から本格的稼働を予定している。一方、「使用済みMOX燃料」を再処理すべき「第二再処理工場」と呼ばれるものは、まだ具体的な立地計画も示されていない。

6 「再処理」は廃棄物総量を増やす

「再処理」の概要を述べてきたが、ここで「再処理」の大きな問題点を指摘しておかねばならない。それは、直接処分に比べて「再処理」は、結果的に「核廃棄物」の総量を増やしてしまうということ。

①最初に廃棄すべきと分けた「高レベル放射性廃棄物」

②MOX燃料として使用後の燃料棒からの核廃棄物

③再処理工場で使用される配管・液体が、新たな核汚染物質となる

上記①~③の総量は、直接処分(すなわち「使用済み核燃料」全体を高レベル放射性廃棄物とみなして埋める方法)と比較すれば、約7倍以上になってしまう(注2)。

※なお、再処理工場が稼働すれば、大気中、海洋には放射性物質が放出されることも大きな問題となっている(原子力資料情報室の六ヶ所再処理工場に関する情報ページには、「原発1年分の放射能を1日で出す」とある)。

7 宗教者への呼びかけ

以上、「使用済み核燃料」の処理方法と、それに伴う問題点を概説してきた。原発が生み出す「核廃棄物」を、私たちは、もはや量的に減らすことなどできない。しかも、現在の原子力政策「再処理」では、「核廃棄物」をさらに増やしてしまうことにもなる。

そこで、この問題を共有する宗教者に、私は以下3点を呼びかける。まずは、青森県に足を運んでもらいたい。六ヶ所村がある下北半島における、全国からの「使用済み核燃料保管」、そして「再処理工場」の現実を知るために。次に、青森県まで行けなくても、東京にあるNPO法人:原子力資料情報室が市民への情報センターとして活動しているので、ぜひアクセスを。そして三つ目は、身近に政治家がいれば、この問題への考えを話し合ってもらいたい。なかでも国政に携わる人ならば、「再処理」計画の実情にも詳しいことであろう。

8 結論

今、宗教者は当問題に強い関心を示さねばならない時にある。再度記すが、六ヶ所村の再処理工場の本格稼働は2018年を予定している。もちろん、再処理をはじめ原子力施設で働いている人が多くいる状況において、政策の転換を考えることは大変なことである。しかし、だからと言って「核廃棄物の総量増加」の問題を容認したり、6の※で記したような青森県の自然環境が放射性物質により、危ぶまれる懸念を看過することができようか(青森県の市民団体は1989年から提訴:注3)。

結びに、最も根源的な問題点を挙げて拙稿を閉じることとする。それは、原発で今も、「使用済み核燃料」が生み出し続けられていることである。「再処理」を行うか否かに関わらず、もうこれ以上に生み出してはいけないのは明白なこと。子孫に残してしまう負の遺産「核廃棄物」を、減らせないことが分かっていながらも、さらに増やすことは人道上の罪である。

現在、各地の原発では様々な視点から再稼働/停止の判断が行われている。しかし、そこに「もはや減少させることができない核廃棄物を、さらに産出してはいけない」という「人道上の判断」が入らねばならない。子孫の時代を見据えて、そうした「人道上の問題」を扱う専門家は宗教者であることは言うまでもない。

(注1)『Enelog』臨時特集号、2016年3月、電気事業連合会発行。ダウンロード可

(注2)六ヶ所再処理工場の事業申請書からの試算では約7倍、他の試算値はそれ以上

(注3)『六ヶ所再処理工場 忍び寄る放射能の恐怖』第3版、2012年6月、核燃料サイクル阻止1万人訴訟原告団発行