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平和で子どもが大切にされる世界を ― 状況厳しい地域重点支援

日本ユニセフ協会 団体・企業事業部部長 海老原隆一氏

2017年9月13日付 中外日報(論)

えびはら・りゅういち氏=1964年、東京都生まれ。東京大文学部西洋史学科卒。民間企業を経て、96年から日本ユニセフ協会勤務。

ユニセフ(UNICEF=国際連合児童基金)は、子どもの権利の保護、子どもの基本的ニーズの充足、子どもの潜在能力を十分に引き出すための機会の拡大の推進を使命とした国連機関です。

ロゴマークにあるオリーブの葉は平和の象徴であり、多くの国連機関がオリーブの葉をロゴマークに用いています。子どもが高く抱き上げられるように、平和で子どもが大切にされる世界を目指したい、という想いが込められています。

UNICEFのFはFund=基金の意で、財源はすべて、個人や民間のみなさまからお預かりする寄付金と各国政府の任意の拠出金とで支えられています。現在、ユニセフは、開発途上国を中心に世界150以上の国と地域で、保健、栄養、水と衛生、教育、HIV/エイズ、保護、緊急支援、政策提言などの支援活動を行っています。

また、私が勤める日本ユニセフ協会は、世界の子どもの状況とユニセフのことを知っていただく広報活動、ユニセフの財源を募るための募金活動、子どもの権利を守るための政策提言活動を主な任務とする、現在先進国を中心に日本を含む34の国と地域に設置されているユニセフ協会(国内委員会)の一つです。

活動原則①子どもの権利条約

ユニセフは「子どもの権利条約」を規範とし、子どもの権利が恒久的な倫理原則として、また子どもに対する国際的な行動基盤として確立されるよう努めています。

「子どもの権利」というと難しくて分かりにくく、「子どもの幸せを願う」と言った方が分かりやすいのかもしれません。しかし場所によっては、「女の子は学校に行かず早く結婚した方が幸せだ」とか「戦争で親を殺された子どもは戦士になって親の仇を討つ方が幸せだ」のように「幸せ」が各々の理解で解釈されることもあり、明文化された国際的に共通なものさしが必要だということで、1989年に「子どもの権利条約」が採択されました。「子どもの権利条約」は、「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」が柱となっています。現在、アメリカを除く196の国と地域が締約国となっています。これほど多くの国・地域が締約国となっている国際条約は他になく、私は、その根底には「子どもの幸せを願う」想いがきっと人類の普遍的な価値観としてあるのだろうと信じています。

活動原則②公平性

2010年あたりから国際社会では「公平性(equity)」という言葉がよく使われるようになりました。ユニセフにおける「公平性」の原則とは、分かりやすく言うと「広く薄い均等な支援ではなく、最も厳しい状況にある子ども(地域)を重点的に支援する」というものです。近年は支援対象国の中でも、最も子どもの状況が厳しい地域を重点的に支援するようにしています。最も厳しい地域を重点的に支援するというのは、アクセスが難しいため一見すると非効率に思えますが、その方がより多くの子どもの命を守り、費用対効果も高いことが分かっています。

「公平性」という言葉が使われるようになった背景には、公平の反対の意味である不公平や格差が拡大し、社会が不安定になってきたことがあります。図は、世界の富の分布が、所得の多い上位5分の1の人口(Q5のところ)に集中していることを示したものです。私が日本ユニセフ協会に勤め始めた1990年代は、この図はカクテルグラスの図とも呼ばれYの字形をしていましたが、今やTの字形に近づいています。

活動原則③持続性

中国に「魚をあげるよりも漁のしかたを教える方がよい」という諺があります。その方が自立や尊厳を促し、持続性が高いからです。ユニセフも同じ考え方を持っています。

たとえば井戸を作る場合でも、井戸を作ってあげる形だと壊れてすぐに使えなくなってしまうので、まず清潔な水の重要性を説きながら、地方行政や村人たちと一緒に井戸設置の計画を立て、井戸管理組合を設置し、村の全世帯が井戸の維持管理のために少しずつお金を出し合うことを宣誓したうえで初めて、井戸設置の支援が決まります。その際、セメントなど資材の運搬や手押しポンプの組み立てには村人も必ず参加するようにします。


さらに一つの村で成功したらそれを別の村で、今度はユニセフの資金援助なしで(あるいは最小限で)実行できないか、と当該国政府や地方行政に働きかけます。こうした働きかけは、スケールアップのための技術支援とか政策提言と呼ばれます。近年は、持続可能性の観点から、ハードウエアの支援よりもこうしたソフト面での支援が主流になりつつあります。

前進を阻むもの

不公平や格差の拡大は、社会を不安定にし、普遍的価値への懐疑や排他的な暴力につながっているように思えます。

2011年3月に始まったシリア危機はいまだに混迷の中にあり、イエメン、南スーダン、ナイジェリア、イラクでも、いまだにレベル3と言われる最も緊急レベルの高い状態にあります。ユニセフも入ることができない戦闘地域もあり、子どもたちが取り残されています。

5歳未満児の年間死亡数は、1990年の1270万人から2015年には590万人と半減したものの、現在5歳未満児死亡の53%は、紛争地域や避難地域で発生しています。また、長引く危機のために、35カ国の3~16歳の子どものうち7500万人以上が教育を中断させられています。

先進国と呼ばれる国々の中でも格差が生じており、自国中心主義、排他的で攻撃的な考えが広がっています。日本もその例外ではなく、ヘイトスピーチやネット上での誹謗中傷やいじめが近年一層広がっているように感じます。先日、ある中学校の生徒さんが街頭でユニセフ募金をしていたら、偽善者と罵られ、顔につばをかけられました。その生徒さんは、顔を洗ってまた元気にユニセフ募金を呼びかけたのだそうです。この話を聞いて、私はとても心が痛みました。

宗教者に期待すること

宗教コミュニティーに所属する人口は60億人とも言われています。それゆえ、宗教者の言動は人々に大きな影響を与えます。多くの国でユニセフは、女の子の児童婚の問題、女性器切除の悪習、いわゆる体罰や子どもへの暴力のように慣習として根付いてしまった問題や、「予防接種を受けると不妊になる」等の迷信に直面してきました。そうした中で、宗教指導者たちが啓発キャンペーンの先頭に立ってくれることもあります。たとえば、アフガニスタンでは児童婚の防止のために宗教指導者とともに家庭訪問を行い、インドやパキスタンではポリオ予防接種の実施を礼拝や集会、説教の時間に呼びかけたり、紛争下の地域では宗教指導者が紛争停止に向けた話し合いの場を設けたりするなど、ユニセフは現場で多くの宗教者の力をお借りしています。

最近の話題として、長引く人道危機により避難を余儀なくされてふるさとを追われた子どもは2800万人にのぼりますが、世界宗教者平和会議は、こうした子どもたちを守るグローバルな啓発活動をユニセフと共に今年から行うことを決定しました。

私は宗教の専門家ではありませんが、おそらくどの宗教も、ユニセフがその活動の原則に掲げる価値、すなわち命や平和、公平であることなどを大切な教えとしているのではないかと思っています。宗教者のみなさまは、日々こうしたテーマに関わる相談を受けたりメッセージを発信したりする機会が多いと思います。不公平や格差が拡大している現実により、あるいはそれによる排他的な暴力により、心が折れてしまったり、命や平和の尊さ、公平性の大切さが「絵空事」のように言われてしまったりすることもあります。しかし、このような時代だからこそ、こうした価値が揺らぐことがないよう、宗教者の果たす役割も大きくなっているのではないかと思います。