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曽我ははたして親鸞の往生論を誤解したか

京都大名誉教授 長谷正當氏

2017年11月8日付 中外日報(論)

はせ・しょうとう氏=1937年、富山県生まれ。65年、京都大大学院文学研究科宗教学専攻博士課程満期退学。76年、京都大文学部助教授。89年、同大教授。2000年、定年退官、京都大名誉教授。同年、大谷大教授。09年、同大退職。著書に『象徴と想像力』『欲望の哲学』『心に映る無限』『浄土とは何か』『本願とは何か』他。

大谷大名誉教授の小谷信千代氏は『真宗の往生論』(2015年)、『誤解された親鸞の往生論』(16年)、および『親鸞の還相回向論』(17年)の3著書において、親鸞は死後往生を説いたのであって、したがって、曽我量深をはじめとする近代教学の現世往生論は親鸞の往生思想を誤解するものであると主張された。氏のこの見解を裏付けるものとして、近代教学の現世往生論は経典の誤読によるものであることは決定的であり、動かしがたいという評もなされている。しかし、小谷氏の見解とその評は妥当しないと思うので、その理由を述べ、曽我は「現生往生論」で何をいおうとしたかを改めて確認したい。

「往生は死後」を前提とした論証

(1)小谷氏は、親鸞の死後往生論の論証に際して、『大無量寿経』の「本願成就文」の「即得往生」に親鸞が加えた注釈に対する桜部建師の解釈を究極の論拠とされた。そして、「近代教学を奉ずる人々の[親鸞は現世往生を説いた]とする誤解は、経文の紙背にまで視線を配って、凡夫であろうとも現生において真実の信心を得るならば、臨終時には往生が必ず得られることを論証するために敢行した、親鸞の苦心の読み換えの意図が見抜けなかった不見識に起因するものと考えられる」(『親鸞の還相回向論』45頁)と帰結された。

しかし、氏の論証には幾つかの疑問点があり、その結論は決定的とはいえない。

その理由の一つは、小谷氏が論証の究極的論拠とされている桜部師の解釈は、往生は死後であると前提した上で初めて成り立つ解釈であり、したがって、氏の論証は「論点先取」であって、実は詭弁の上に成り立っているということである。

二つは、曽我の往生論は、親鸞の注釈を桜部師とは逆方向に解釈することから導かれたものであるが、氏はそのもう一つの解釈に想到せず、桜部師の解釈のみに基づいて論証を展開されているため、その論証は独断的であり、論証として破綻しているということである。

三つは、曽我の往生論は、親鸞の往生思想を自己の身上において追究した「教学的思索」に裏付けられたものだが、氏は、文献学的読解によって教学的問題をも決定しうると考えられているため、氏の結論は一面的であり、その論証は空転しているということである。

これらの難点のため、氏の論証は無効となり、氏が苦心して構築された、威風堂々として完璧の感がある論証の壁は、そのままローマのコロシアムの如き遺跡と化するのである。

条文の解読でなく自己の身上に問う

(2)真宗では伝統的に、往生は死後と決められてきた。信を獲たとき正定聚となって、往生は決定する。しかし、往生が決定したということは、往生したのでなく往生の約束が成立したということであって、実際に往生するのは死後である、とされてきた。

しかし、「信が決定したことは、信を獲たことである」とされるのに、「往生が決定したことは、往生を得たことではない」とは何とも奇妙な理屈である。「おたすけが定まった」ということは「おたすけを得た」ということではないか。それなら、「往生が定まった」ということは「往生を得た」ということである。ところが、真宗の伝統的な教えでは、往生は定まっても、往生するのは死後だから、「いま苦しんでいても、死ぬまで待っておれ」というふうに教えられてきた。しかし、そのような往生理解ははたして親鸞の教えに叶うものだろうか。「そういう真宗学が行われていては、わたくしどもの本当の救済が成立しておらぬと思う。それでは心は暗いと思う」。曽我はそう考えて、「往生が決定したということは、私どもに往生という新しい一つの生活が開けてきたということ」でなければならないと捉えた。これが、曽我が往生を現生に捉える根本的動機である。

したがって、曽我の往生理解は、経典の文字を、自己の経験との関わりを離れ、法律の条文を解釈するように、その意味を詮索するという具合に導かれたものではない。それは、親鸞の書いたものを、現代に生きる自己の身上において問い直すという教学的思索を通して導かれたものであることが見失われてはならない。そこからするなら、経文の上だけで、その往生論が正解か誤解かを決定してみたところで、実は意味がないのである。教学的読解は人間がいかに生きるかという問いと結び付くとき、それは時代に応じて変わるし、また変わらねばならない。

現生は超越的浄土を受け止める場

(3)曽我の往生論に対する氏の批判が的外れであるのは、氏が、曽我の「現生往生論」を「現世往生論」と決めて批判されているということである。氏は、「現世往生」を、「来世の往生を現世にもってきて、現世で往生すること」と捉えられていると思われる。つまり、浄土を現世に取り込んで、「娑婆即寂光土」ないし「即身成仏」を説くものと考えられているようである。しかし、曽我が説くのは「現世往生」ではなく、「現生往生」である。

現生往生とは、浄土の超越性を否定するのではない。浄土はあくまで現世を超越している。しかし、その超越的浄土は未来から現在のわれわれのもとに到来して来ている。それを感得する場を「現生」とするのである。したがって、現生とは現世のことではなく、浄土や往生を受け取り、感得する「場」のことをいうのである。

浄土や往生を死後の事柄として来世に押しやるなら、浄土はわれわれと全く無縁なものになる。しかし、浄土は何らかの形で、未来から、死すべき者としてのわれわれ衆生の生きる世界に到来し、働きかけている。武内義範師の言葉を借りるなら、浄土は、「未だないという否定を含んだ形で現在に到来してきている」。未来から「将来する浄土」を受け止め、自覚する場がなければならないが、それを「現生」とするのである。したがって、現生往生がいわんとするのは、往生や浄土を現世の事柄にしてしまうことではなく、現世を超越する浄土を感得する場は、死後ではなく現生になければならないということである。

浄土教の往生思想の起源は死んで天に生まれる「生天思想」にあった。それゆえ、往生は死後でなければならなかった。現世往生という概念は往生の概念に矛盾する。小谷氏は、仏教学・仏教史学者として、往生概念を破壊する現世往生論は断固粉砕しなければならないと決意されたのか。しかし、それは氏の思い違いであった。氏は、中世の騎士物語を読みすぎたドン・キホーテが風車を巨人と間違えて突撃したように、曽我の現生往生論を、往生概念を破壊する巨人と錯覚してこれに激突されたのである。

(4)親鸞は真宗の教えの根幹に回向を捉えた。回向とは何か。それは、如来のはたらきが天空ではなく、衆生の歴史的世界に現れ、呼びかけてくることである。歴史的世界に生きる衆生があって初めて「回向」や、「回向成就」ということもありうる。回向の核心が、如来のはたらきを現生において受け取ることにあるなら、回向のはたらきを受け取るところに成立する往生もまた、現生において捉えられねばならない。

(5)現生往生はどのようにイメージされるか。大橋良介氏は、西谷啓治先生と吉田神社の参道を歩いていたとき、先生は「こうやって歩いている一歩一歩がそのまま西方十万億土の浄土への一歩一歩になっている」といわれたと語っている。この言葉で、現生往生の要が語られているともいいうる。現生往生とは、如来によって回向された往生の道を、現生において一歩一歩歩むことである。親鸞は、その道は信に始まり、究極において「臨終の一念の夕べ大般涅槃を超証する」に至るとして、その道を歩むことを「難思議往生」と捉えた。

では、地上の一歩がそのまま浄土への一歩であることを約束し、保証するものは何か。それは「本願の信」である。それゆえ親鸞は、難思議往生の道は本願の信に始まるとして、信において往生の道の起点に立つところに「即得往生・往不退転」の意義があると捉えたのである。そして、これが「即得往生」に親鸞が加えた「注釈」に対して、曽我が示したもうひとつの解釈である。