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SISR国際宗教社会学会2017報告

北海道大大学院教授 櫻井義秀氏

2017年12月15日付 中外日報(論)

さくらい・よしひで氏=1961年、山形県生まれ。北海道大大学院文学研究科博士課程中退。文学博士。同大学院文学研究科教授。専攻は宗教社会学、タイ地域研究。編・著書に『東北タイの開発僧―宗教と社会貢献』『タイ上座仏教と社会的包摂―ソーシャル・キャピタルとしての宗教』(編著)、『アジアの社会参加仏教―政教関係の視座から』(共編)など多数。
1.移民社会の時代と世界の宗教的趨勢

スイスのローザンヌ大学においてこの夏、第34回国際宗教社会学会が開催された。東アジアでは日本が13人、台湾3人、韓国6人が参加した。

筆者はアジアからの研究者を呼ぶため、共同で「日本と東アジアにおける公共領域におけるネオ・ナショナリズム、政治と宗教」(オークランド大のマーク・マリンズ氏)、「東アジアの宗教とメディア」(台湾中央研究院の齊偉先氏)、「現代アジアの宗教研究」(國學院大の平藤喜久子氏)のセッションを企画した。他にアジア関係では新宗教に関わるセッションも台湾の研究者から出された。しかし、ヨーロッパの宗教的関心は圧倒的にイスラームとペンテコスタル(プロテスタント聖霊派)への対応にあった。

本報告では、この二つの宗教動向を生み出す西欧社会の状況を概説し、日本の宗教や宗教研究者が今後取り組むべき課題についても提案したい。

コンラッド・ハケット氏(Pewリサーチセンター研究員)の発表では、同研究所による宗教別出生率(2010~15年において、仏教徒1・7、非宗教1・7、民俗宗教1・8、ユダヤ教2・3、ヒンドゥー教2・4、キリスト教2・7、イスラーム3・1、世界平均2・5人)が示された。

もちろん、ムスリム人口の動態は北・中央アフリカ(出生率は約5・6人)や中東・南アジア(3・0人)の人口増加と、インドやインドネシア(それぞれムスリムは約2億人弱)といった人口大国の人口増によっても説明され、ヨーロッパ(2・0人、平均は1・5人)ではそれほど出生率が高いわけではない。それでも2010~50年に世界のムスリム人口は73%増加し、クリスチャン人口(35%)とほぼ並び、2070年には抜きさると予測されている。

加えて、ハケット氏が指摘する宗教間の移動(改宗と離教)もまた宗教動態に大きな影響を与える。2010~50年の40年間に予想される改宗者から離教者を引いた数値では、非宗教(所属・信仰なし)が約6千万人増えるのに対して、クリスチャンは約6千万人減少する。非宗教者の動向は人口14億人の中国が左右し、ヨーロッパでは、主流派のキリスト教徒が福音派や聖霊派の教会、および非宗教者に流れる傾向がある。そして、西欧では約7人に1人が移民と移民二世の定住者となり、ムスリム人口が増加するのである。

残念ながら仏教徒人口は、人口増加率でも、改宗者(一部欧米で増加)と離教者(世俗化が進行する東アジア)の相殺によっても減少していくとされる。

さて、日本のイスラームに対するメディア的関心は、かつては原理主義、現在はIS(「イスラム国」)などの宗教的過激主義者に限定され、先進国へ移民や難民として流入するムスリムやムスリムの宗教やコミュニティーに関する理解は十分ではない。近年、ニューカマーの宗教への調査研究は進められているが(櫻井義秀・三木英『日本に生きる移民たちの宗教生活』ミネルヴァ書房2012、三木英『異教のニューカマーたち』森話社2017)、ヨーロッパに比べれば圧倒的に少ない。しかしながら、今後の西欧社会や世界宗教の趨勢を見ていく際に、ムスリム人口の増加やムスリム社会の動向に注視が必要である。

2.イスラームとキリスト教の多様性

ローザンヌ大会で発表されたムスリムやムスリム・コミュニティーの研究は数も多く、内容も多種多様である。宗教社会学ではスンナ派とシーア派、ワッハーブ派のような教派や教義の相違よりも、出身国や出身地域、移民・難民として流入した経緯、元の出身階層によるライフスタイルの相違を重視する。また、移民一世と二世、三世のホスト社会への適応程度にも注意する。

その際、キリスト教が文化宗教や特権的宗教(教会税の恩恵がある北欧やドイツ、政権とカトリック教会・正教が強い関係を持つ西欧・中欧・東欧)である地域では、ムスリムを包摂する宗教的多様性が必ずしも国家的アイデンティティーとはならない。つまり、人権上の民族的平等と各種制度上の宗教的平等は同一の地平にない。

また、移民・難民として社会階層の下位から人生を切り拓く人々に対する二級市民もしくは「仕事を奪う低賃金労働者」という一律の視線が、本来多様なムスリム・アイデンティティーに一定の枠をはめ、過激主義を容認する宗教的アイデンティティーを強化することもある。

民族的・宗教的単純化の視線は、キリスト教的多様性によって宥和されるべきである。現在、西欧の地方教会にはブラジルやナイジェリア出身の牧師が浸透し、移民社会においてキリスト教徒のペンテコスタル化が進展している。カリスマ的牧師、神とサタンの二元論的世界観、悪魔祓いによる神癒などは、社会的剥奪状態にある人々を惹きつける。西欧社会において、熱すぎるキリスト教は中間層に受け入れられていないが、リベラルなキリスト教派ほど衰退著しく、非信者化を食い止めることができないでいる。

このような宗教文化間の葛藤を含む報告を聞きながら、日本の多文化主義や宗教的多様性の議論はいささか予定調和的ではないかと感じた。宗教のダイナミズムはきれい事ではない。宗教的理念とは必ずしも関連しない人口圧や社会移動によって宗教は変化していくのである。