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證空の現生往生思想

親鸞仏教センター嘱託研究員 中村玲太氏

2018年1月26日付 中外日報(論)

なかむら・りょうた氏=1987年、茨城県生まれ。明治大農学部卒。東洋大大学院文学研究科仏教学専攻博士前期課程修了。専門は證空教学・西山浄土教史を中心とした法然門流の思想形成。論文に「『西方指南抄』所収『法然聖人御説法事』から見る法然の思想遍歴」(現代と親鸞35)、「證空における『光台見仏』論の成立」(深草教学28)、「『機法一体』説成立の再検討―證空における『往生正覚倶時』説を中心として―」(真宗教学研究37)。
        〈1〉         

大谷大名誉教授の小谷信千代氏が『真宗の往生論―親鸞は「現世往生」を説いたか―』(法藏館、2015年)等の一連の著作を上梓し、今改めて「往生」とは何かが問われている。ここで「親鸞が」説いた往生とは何かが文献の読み方などをめぐって問われているわけであるが、それだけではなく「現世往生」と言われるものが浄土教の思想史的流れにおいては極めて問題の多い思想であることが指摘されている。

ただ、小谷氏はいわゆる「現世往生」的な言説を近代仏教が生み出した異物だとみなして論じているが、果たしてそうか。

「仏を見る」ということから往生を現生の事実と捉えようとするのが、法然の上足で、親鸞の兄弟子に当たる浄土宗西山派の祖・證空(1177~1247)である。こうしたことは以前から論じられてきており、往生を現生の事実とする思想は證空の言葉によって確認できる。しかし、そこにはとどまらないのも證空の往生観である。證空の思想、そしてその思想が登場する背景について改めて確認しながら小谷氏の問題提起について考えてみたい。

        〈2〉         

證空は阿弥陀仏を「見る」という「見仏」と「往生」とを言葉が違うだけでその意味することは同じだと考え、「見仏即往生」だとする(「見弥陀、といは、願に乗じて往生すべき謂立てば、見る理あり。されば、見は即往生、往生即ち見と云ふ事を顕はすなり」、『般舟讃自筆鈔』巻三)。「見仏即往生」だけではなく、さらに「往生即見仏」と続けているところから見て、「見仏」と「往生」が同時の事態を示すことだと證空が了解していたことは明らかである。

ここで言う「見る」とは、肉眼で実体的な何かを見ることではなく、他力信心と意味するところは同じである。これについては後に述べたい。

さて、證空は「見仏即往生」「往生即見仏」と言明するが、「見仏」と「往生」を結びつける思想自体は特に新しいものではない。それがどう連関するのかについてはいくつかの類型があるが、證空においては確認したように「見仏」と「往生」は同時の事態であり、「見仏」と「往生」を別の段階として考えるような理解ではない。もし弥陀を見るという事態があるとすれば、それは浄土において見ることを意味すると考えていたのであろう(これも伝統的な解釈の範疇である)。

この「見仏」ということが現生においてあると證空は理解している(「往生を決定するのみにあらず、今生予て依正二報の功徳を見ると云ふ事を釈するなり」、『般舟讃自筆鈔』巻四)。證空は他力信心の確立に依って現生において往生が「決定」することのみに意義を見いだすのではなく、往生が決定している以上、そこには弥陀(あるいは「依正二報」=弥陀と浄土)を「見る」ということがあるとする。

「見仏」が現生にあると主張する以上、それは「往生」を現生の事実として論ずるものだと言い得る。故に、念仏即往生なのであり、この念仏の外に「臨終」や「来迎」の事態はない(『述成』)、とするのが證空の思想の要である。

        〈3〉         

往生を現生での事実と論ずることは、「厭離穢土」とは対極的な、極めて現実肯定的な思想にも見える。小谷氏は、「そもそも現世で往生するとは如何なることか。浄土の風を感じることだなどと言う人がいる。それは聖道門の人々が『自性の弥陀、唯心の浄土』と言い、『この心を離れて別に浄土があると思うのは迷いである』などと言うのと大差はない」(前掲書「はじめに」、ⅱページ)と問題提起するが、證空の思想も「聖道門的」なのであろうか。これについて考えてみたい。

まず基本的な理解であるが、法然の批判する『真如観』(いわゆる天台本覚思想の代表的文献)等は六道の別はあったとしてもすべて真如にほかならない、そうした真如の道理を知れよと教えていた。

こうした先行する思想とは相反して、證空は六道は六道であって「皆浄」、一切が清浄な世界だなどということはない、と明確に述べている(『般舟讃自筆鈔』巻五)。

さらに、善導『往生礼讃』には、自己が無始より作り続けてきた罪業を「大地」に譬える箇所があるが、これを解釈しながら證空は、「大地に依りて倒れて、還りて大地に依りて立つ」(『往生礼讃自筆鈔』巻五)とする。

この「大地」とは罪業を意味するのであり、罪業に依って倒れ、しかも罪業に依って立つということである。證空はあくまで罪業の大地に立脚する信を見いだしたのであり、「この身が浄土に立つ」とは考えていなかった。むしろ弥陀の本願を信知するとは、その罪業の大地を知らされるということでもある(「今仏願の不思議なる事を知る時、無始已来の諸悪悉く是を悟る事を釈し顕すなり」、『散善義自筆鈔』巻一)。

        〈4〉         

我々の立つところが罪業の大地だとして、弥陀や浄土と無関係では往生の語は有名無実である。ここで注目したいのは、いわゆる「往生正覚倶時」説と呼ばれる證空の思想である。これは、苦悩の衆生を我が浄土に往生させようとする弥陀の誓願が果たされる時に、弥陀は仏となるのであるが、「その誓願が果たされる時はいつか」を問う思想でもある。

そこで證空は十劫の昔に弥陀が覚りを成就したということを自明の理とせず、往生を果たす他力信心が確立しない限り弥陀の覚りは実現しないとする(『定善義他筆鈔』巻下)。他力信心の時こそが、弥陀が弥陀になる時なのである。

こうした思想を前提として、信心が発(おこ)るところに「見仏」があるとする(「至心信楽の心を離れて仏体成じ給はず。仏体を離れて衆生領解の心発る事なし。発心すれば、即ち見仏なり。見仏即ち三心なり」、『定善義他筆鈔』巻上)。信心の発起と「見仏」が結びつけられるのも、信心に弥陀の覚りが実現する、そこに弥陀が弥陀として現れる、こちらからすれば「見仏」があるからだということになる。

弥陀にとって極悪の凡夫は正覚を実現する場であり、弥陀にしても自らが弥陀という覚者となるためには、我等極悪の凡夫が信を確立する、解脱の道を得ることが必要なのである。あえて一歩踏み込んで論ずれば、弥陀が極悪の凡夫を見捨て得ない原理がここにあると言えよう。

これが「往生正覚倶時」説の積極的意味であり、不実な凡夫の意欲とは全く異質な、生死を離れんとする大願を明らかにしたものだと考える。またその弥陀はどこか分からぬ遠くに在るのではなく、この信心のところに在るのである。

        〈5〉         

自己を苦しめる煩悩が消滅する、あるいは「煩悩即菩提」の境界を体得できるとは證空は考えていなかった。我々が立ち得る場所はあくまで「罪業の大地」であって、この悪心を離れて存在し得るわけではない。

確かに現生で浄土の人となるのではないが、いやむしろここが罪業の大地でしかないからこそ、この信心があるところに弥陀を確かに見る。こうした事態があるからこそ積極的に「見仏」、そしてそれと不可分な「往生」を現生のものとして説く。どこまで往生を現生のものとして語り得るかを思索し、逡巡を重ねながら、往生浄土の表現を研磨していったのが證空教学の特徴である。

こうした「見仏」、あるいは「往生正覚倶時」の理解などは確かに證空独自のものだと言える。しかし、これは突然変異的なものではなく、善導―法然という流れ、すなわち罪悪の自覚と他力の徹底を根底にして現れてきた思想である。

現生往生の思想にも多様な出自があると考えるべきで、それを単に「聖道門的」、あるいは「般若経の自力の往生行に逆行させるもの」というレッテルを貼るということは、證空のような存在が現れることをはじめから否定しているのと同じではないだろうか。現生往生の思想を近代の誤解の如く断定する理解によって見えなくなる法然門流の思想史的展開は確実にあるのであり、そうした展開を明るみに出すためにも、小谷氏がつとに指摘するように徹底した文献読解への試みが求められている。