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権威化する近代教学

真宗大谷派玄照寺住職 瓜生崇氏

2018年1月31日付 中外日報(論)

うりう・たかし氏=1974年、東京都生まれ。電気通信大中退。2011年から真宗大谷派玄照寺(滋賀県東近江市)住職。日本脱カルト協会理事。大阪大キャンパスライフ健康支援センター招聘教員。響流書房代表。著書に『大学のカルト対策』(分担執筆・北海道大学出版会)、『さよなら親鸞会』(サンガ伝道叢書刊行会)、『信仰に人生を奪われないために』(真宗教団連合)。
■私と近代教学との出遇い

私は滋賀県の真宗大谷派(東本願寺)の一末寺を預かる住職ですが、以前は浄土真宗系の新宗教教団の布教使を長くつとめていました。そこは伝統教団から袂を分けて成立した新宗教の多くがそうであるように、自分たちの教団の解釈のみが正しく、それ以外の教義解釈は誤りであるとしていました。

中でも強調されていたことが、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の説く浄土真宗は「死後往生」であり、「今はどうにもならないが死んだらお助けだから喜べ」というものです。

浄土真宗は「今の救い」であり、本願寺派の解釈は間違っている。私たちだけが「今の救い」である本当の浄土真宗に遇っているのだ、という、その教団での話を、私は一種の高揚感とともに素直に受け入れていたものです。

その後、12年間活動したその教団を退会し、紆余曲折の後に「本当の浄土真宗を聞きたい」と本願寺派で聞法を再開するのですが、そこで説かれていたのは「死んだらお助け」ではありませんでした。

この「往生さだまる」というところが浄土真宗ではいちばん大事なのです。浄土真宗で大事なことは往生することよりも往生定まるということです。往生が定まるのはこの世で定まるのです。(中略)そういうことであって初めて、仏教が浄土へのたんなる憧れや観念でなく、現実の人間の生きる道になるのです。(大峯顯『さよならはない世界』)

本願寺派で話を聞いたことなど一度もなかったのに、どうして彼らは「死んだらお助け」だと決めつけていたのか。現在の救いを抜きにした浄土往生などどこにも説かれていませんでした。

その後、私は導かれるように大谷派の末寺の住職を目指すことになりますが、その時に通った勉強会で初めて「現生往生」という解釈を聞きます。

正定聚の位につき定まるを「往生を得」とはのたまえるなり。(『一念多念文意』)

つまり往生が定まること(正定聚の位につき定まる)を「往生をうる」と言うのだから、往生の歩みは今から始まる。だからそれを「いま(現生で)往生する」と表現してもいいではないか、というのです。

いま往生が定まるということを「現生正定聚」といい、その往生の歩みが始まることを「現生往生(現世往生)」という。私はこの二つの教義解釈をまったく矛盾なく受け入れました。とにかく、本願寺派と大谷派という浄土真宗の二つの潮流においては、浄土真宗は死を前提とした救いではなかったのです。「往生」を現生において語った曽我量深師という近代の偉大な教学者の存在も、その時初めて知ることになりました。

■小谷信千代氏の「往生論」

そうして、住職になって4年がたった頃です。本山近くにできたばかりの教団施設での法話会に参詣された方が「ずうっと学者さんの悪口ばかりで残念だった」と話しているのを聞きました。「誰に対しての批判だったのですか」とお聞きすると、「小谷信千代さんという方だ」と言われるのです。

大谷大名誉教授の小谷信千代氏が以前に安居で往生論について取り上げ、それが『真宗の往生論』という本になって出されていること。そして、そこに曽我量深をはじめとする大谷派の近代教学の諸師への批判が記されていることは、話題としては知っていました。一体、何が起きているのか。

早速『真宗の往生論』を求めて読みました。その主張は極めて明快でした。曰く、親鸞聖人は「往生が定まる」と説いておられるのであって、今生きている私が「往生する」とは説いておられないというのです。

大谷派でよく聞いてきた「現生往生」説への批判という形をとっているものの、いわばごく当たり前の真宗理解で、それがどうして大きな波紋を呼んでいるのか分かりませんでした。

しかし、この本の話題は周囲で尽きることがなく、その多くは批判的なものでした。そして、ついには小谷氏の著書の出版元である法藏館に、東本願寺出版から同派機関誌に小谷氏の著書の広告を出さないでほしいという異例の申し入れまでなされることになり、その背景として「小谷氏の著作の広告が機関誌に出るたびに出版部に抗議の電話がかかってきた」ことまで明るみに出ます。

■「死んだらお助け」再び

私は様々な人に見解を求めました。その中にはただ「曽我先生を批判するのは許せない」と嫌悪感を示すばかりのものもありましたが、私が気になったのは、小谷氏の主張を批判するときに出てくる一つの「型」です。

本紙昨年11月8日付の「論」に京都大名誉教授の長谷正當氏が書いておられる内容がその典型的なもので、長谷氏の文から引用すると「真宗の伝統的な教えでは、往生は定まっても、往生するのは死後だから、『いま苦しんでいても、死ぬまで待っておれ』というふうに教えられてきた」というものです。つまり、「現生往生」を否定する小谷氏は、「今の救い」を否定し、「死後の救い」を説いているとして非難されるのです。

言うまでもなく生きている今に「往生」が定まり、その歩みが始まることが、親鸞聖人がもっとも明らかにしたかった本願の救いです。往生が死後だろうと現生だろうと、ここが浄土真宗の要諦であることに疑義を呈する人は、小谷氏はもちろん真宗諸派の教学者を探しても一人もいないでしょう。しかし、来世の救いを説くものはまるで現生の救いをも否定しているかのように受け取られ、「いま苦しんでいても、死ぬまで待っておれ」だと決めつけられてしまうのです。

こうしてバッサリと両端を切り落とされてしまった往生の歩みは、南無阿弥陀仏の名号を往生の証とするのではなく、今の歩みそのものに証を求める教えに変質してしまっているように私には思えます。

だからこそ多くの大谷派の現場での法話がただの現代社会批判に終わったり、「浄土を頂いて生きる」「真宗に立つ」「課題に向き合う」といった、「歩みのあり方」の話に終始してしまうのではないでしょうか。

■「枠組み」を超える力

小谷氏の『真宗の往生論』の発刊から2年半がたち、大谷派の諸師からその反論も聞いてきました。しかし、それはどこか「分からないものには分からないだろう」という冷ややかな態度であり、それでいて捨て置けないとでも言いたげなもので、氏の論に真摯に向き合っているという印象を感じさせるものではありませんでした。

概して宗教というのは長い歴史の中で、信仰や信心を誤りなく語ることのできる「枠組み」を生み出します。そして、どの宗教もその「枠組み」から外れた人たちを「異端」や「異安心」といって排斥してきた歴史を持っています。

私が大谷派という教団に入り、近代教学という輝かしい伝統に触れた時に驚いたのは、我々の先達が伝統教学という前提を疑い、勇気を持ってその「枠組み」を超え、救済の本質を明らかにしてきたことです。

だから長谷氏が言うように、曽我の現生往生的解釈は「親鸞の書いたものを、現代に生きる自己の身上において問い直すという教学的思索を通して導かれたものであることが見失われてはならない。そこからするなら、経文の上だけで、その往生論が正解か誤解かを決定してみたところで、実は意味がないのである」というのは全くその通りだと思います。

しかし小谷氏の論が、ただ経文の上で曽我の解釈に正邪をつけているだけのものとは私は思いません。むしろ、その教学的思索によって「枠組み」を超えた曽我をはじめとする近代教学諸師の言葉を、伝統教学に代わる新たな「枠組み」とし、その言葉を受け継いだ者が自らその中に閉じこもって権威化することに対する、問題提起に他ならないと思うからです。

曽我を権威化し、曽我の言葉をもって曽我の思索から外れる者を裁くような教団を、果たして曽我は望んだのでしょうか。私たちはこの問題提起を嘲笑するのではなく、十二分に向き合って議論を尽くすべきです。