ニュース画像
就任の挨拶をする鬼生田俊英宗務総長
主な連載 過去の連載
エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

憲法と皇室典範

創価大法科大学院教授 藤田尚則氏

2018年4月27日付 中外日報(論)

ふじた・ひさのり氏=1952年、島根県生まれ。83年、中央大大学院法学研究科博士後期課程単位取得。現職は創価大法科大学院教授、博士(法学)。著書に『アメリカ・インディアン法研究』(I~Ⅲ)、『日本国憲法〔3改訂版〕』『政教分離の日米比較』(共著)、『信教の自由を考える』(共著)、『日本国憲法・検証第7巻 護憲・改憲史論』(共著)、その他論文多数。
1.「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の成立

平成28年7月13日、今上天皇が「生前退位」を望んでいるとのNHK報道があり、8月8日には天皇によるその真意を語る「お気持ち」表明が行われた。これを受けて10月には内閣官房に「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が設置され、有識者へのヒアリングなどの議論が行われた後、平成29年6月9日、国会において「皇室典範」の特別法として「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立した(平成31年4月30日施行)。特例法2条は「天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する」と規定し、3条及び4条で退位後の天皇は「上皇」、退位した天皇の后を「上皇后」とすると定めている。これにより平成31年4月30日に天皇が退位し、翌5月1日に皇嗣たる皇太子が新天皇に即位することとなった。

2.憲法と皇室典範

「日本国憲法」1条は天皇を日本国の「象徴」とし(元首でも君主でもない)、その地位は「主権の存する日本国民の総意」に基づくと規定し、2条は「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と規定し、皇位の世襲制を採用している。ここにいう「皇室典範」は、日本国憲法100条2項の規定に基づいて第91帝国議会において日本国憲法を施行するために必要な法律として、昭和22年1月16日に成立した法律である(昭和22年5月3日施行)。

「大日本帝国憲法」(「明治憲法」)と同時に制定された明治22年2月11日の旧「皇室典範」(昭和22年5月2日廃止)は、憲法と同格の国家の根本法のひとつであったが――「政務法」と「宮務法」の二元的国法体系――、現行の皇室典範は日本国憲法の前提とする法律として制定されたものであり、単に旧皇室典範を改正したに過ぎないものではない。

名称が踏襲されたのは、皇室の尊厳に配慮し「一種の荘重さを与へる趣旨」(皇室典範審議会議録)からでたものである。その内容は、第一章「皇位継承」、第二章「皇族」、第三章「摂政」、第四章「成年、敬称、即位の礼、大喪の礼、皇統譜及び陵墓」、第五章「皇室会議」であり、皇室の国法制度面についてのみ規定し、皇室内部の問題についてはその自律に委ねられている。

3.天皇の生前退位

皇室典範4条は「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」と定め、皇位継承原因を天皇の崩御に限定している。天皇の生前退位は、憲法上認められるのか。

退位制度に関しては現行の皇室典範制定の過程においても論議されたところであるが、①譲位による皇位継承という歴史的事実があること、②天皇の身分に不治の重患のある場合に退位を認めない理由が存在しないこと、③人間天皇の自由な意思を拘束することは不当であること――等の立場から肯定論も主張された。

しかし①天皇の自由意思と国家の基本制度が交錯するときは後者が優先すること、②天皇の重患若しくは重大な事故に際しては摂政の制度があること、③退位が政治的に利用されること、④天皇の意思により退位を認めることは即位の拒否の自由につながり憲法が定める世襲制度が脅かされること――等を理由に退位制度は採り入れられなかった経緯がある(昭和34年、第31回国会衆議院内閣委員会議録第5号6頁参照)。

憲法論としては、退位制度を認めるか否かは、恒久法として立法することをも加えて基本的には国民の総意を代表する国会の裁量権の範囲内にあり、立法政策の問題であり、皇室典範の定めに委ねられると解される。

しかし、天皇の意思でいつなんどきでも自由に退位し得るという制度や天皇の意思を無視し退位させるという制度は、憲法上大きな疑義が生じるのであって、制度的には、①天皇の自発的な退位の申し出、②国民代表たる国会の承認あるいは国会の委任を受けた皇室会議の承認、という手続きを内容とするものでなければならないと考えられる(高橋和之「天皇の『お気持ち』表明に思う」『世界』889号188頁参照)。

①の天皇の退位の申し出について言えば、それはあくまでも天皇自身の心情の発露としての私的判断であることが必要であり、そこに政府による政治的介入は微塵たりとも許されないものと言わなければならない。蓋し歴史が実証するように政府権力が天皇制を政治的に利用した場合、民主的なプロセスが崩壊の危機にさらされるからである。

憲法学上の通説は、天皇の行為を内閣の助言と承認に基づく国事行為(憲法3条、6条、7条)(天皇無答責)と非国事行為に分類する。そして後者を「私的行為」と「公的行為」に二分し、公的行為には内閣の統制が及ぶと解している。生前退位に対する政治的介入の排除と天皇の責任との関連で、天皇の退位申し出を憲法上いかに位置づけるかが論議される必要があろう。

4.皇位継承の儀式

即位に伴う儀式は、明治憲法の下にあっては明治42年2月11日に「皇室令」第1号として制定された「登極令」及びその附式(昭和22年5月2日廃止)に、①「賢所ノ儀」、②「皇霊殿神殿ニ奉告ノ儀」、③「剣璽渡御ノ儀」、④「践祚後朝見ノ儀」について詳細な規定が置かれ、神権天皇制と相まって極めて宗教色の強い内容で構成されていた。

平成元年1月9日の今上天皇の即位の礼に際しては、政府は上記③と④に当たる「剣璽等承継の儀」と「即位後朝見の儀」を国の儀式として行うことを閣議で決定し、剣璽等承継の儀では「三種神器」のうちの剣と璽(曲玉)、御璽(天皇の印)及び国璽(日本国の印)の継承が行われ、平成2年11月12日に国事行為として「即位の礼」(皇室典範24条)が、11月22日、23日に皇室行事として「大嘗祭」が行われた。

皇位継承に伴う大嘗祭について政府は、平成元年12月21日「宗教上の儀式としての性格を有すると見られることは否定することができず、また、その態様においても、国がその内容に立ち入ることにはなじまない性格の儀式であるから」国事行為として行うことは困難であるが、皇位が世襲であることに伴う極めて重要な伝統的皇位継承儀式であり「大嘗祭は、公的性格があり、大嘗祭の費用を宮廷費から支出することが相当である」とし、公金たる宮廷費(「皇室経済法」5条)をもって充てることを決定した(内閣総理大臣官房『平成即位の礼記録』(平成3年10月)17頁)。

政府は、今上天皇の退位に伴う儀式(国事行為)として平成31年4月30日に「退位の礼」を、5月1日に「剣璽等承継の儀」と「即位後朝見の儀」を、10月22日に「即位礼正殿の儀」と「祝賀御列の儀」を行うとの概要を固めた(平成30年3月30日付朝日新聞夕刊)。大嘗祭については、上記平成元年の政府見解に従うという(平成30年2月21日付朝日新聞朝刊)。

憲法20条3項は「国及びその機関は……いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定し、89条は宗教的組織への公金支出の禁止を定め、国家と宗教は厳格に分離されなければならないとしている(「政教分離の原則」)。新天皇に継承される三種神器のうちの剣と璽について政府は、皇室経済法7条にいう「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」としている(第31回国会衆議院内閣委員会議録第14号8頁)。剣は熱田神宮で参拝の対象とされているところ、宗教性が全くないのか、憲法上疑問が残る。

大嘗祭について最高裁判所は、平成14年7月11日判決の「鹿児島大嘗祭違憲訴訟」において、「大嘗祭は、天皇が皇祖及び天神地祇に対して安寧と五穀豊穣等を感謝するとともに国家や国民のために安寧と五穀豊穣等を祈念する儀式であり、神道施設が設置された大嘗宮において、神道の儀式にのっとり行われたというのであるから、鹿児島県知事である被上告人がこれに参列し拝礼した行為は、宗教とかかわり合いを持つものである」とし、大嘗祭の宗教性を全く否定しているわけではない。

国家と宗教は厳格に分離されなければならないとする立場に立てば、大嘗祭は皇室経済法4条にいう「内廷費」(御手元金)をもって行うべきであろう。

5.女性天皇

皇室典範1条は「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」とし、女帝制度を認めていない(第31回国会衆議院内閣委員会議録第5号8頁参照)。しかし憲法論上、女性の即位を認めることは皇室典範の改正によって行うことができるのであり、立法政策の問題である。将来的に国民の間に女性天皇を認める意見が強まってくることも、また予想されるところである。