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親鸞の「即得往生」観

真宗大谷派西念寺住職 豅弘信氏

2018年5月2日付 中外日報(論)

ながたに・ひろのぶ氏=1959年、鳥取県生まれ。大谷大大学院博士後期課程満期退学(真宗学専攻)。98年から真宗大谷派西念寺(鳥取県米子市)住職。『大谷学報』『親鸞教学』等に論文掲載多数。
        〈1〉

近年小谷信千代氏(大谷大学名誉教授)によって、曽我量深に代表される所謂近代真宗大谷派教学の系譜において形成されてきた往生理解を現世往生説、親鸞の往生論を誤解したものとする批判がなされてきた。

筆者などは、名指しこそないものの明らかに氏の問題提起を意識したと思しき論考を多数目にし、学界の活性化に寄与されるところ大だと感じていたのであるが、氏自身は「正当な論拠を挙げての反論は皆無」と発言され、また真宗大谷派出版部への抗議によって機関誌『真宗』2017年7月号への氏の新著の広告が掲載中止になるなど、そうとも言っていられない状況となっている。

そこで筆者は「健全な議論・批判」に基づく「教学の振興」の場の確保のため、浅学の身を省みず一文を認め、氏の論考に感じた問題点について指摘させていただくこととした。

        〈2〉

氏の論考に対して筆者がまず感じる問題点は「初めに『臨終往生』ありき」というその姿勢である。

氏は『一念多念文意』の「即得往生というは、即は、すなわちという、ときをへず、日をもへだてぬなり。また即は、つくという。そのくらいにさだまりつくということばなり。得は、うべきことをえたりという。真実信心をうれば、すなわち、無碍光仏の御こころのうちに摂取して、すてたまわざるなり。(中略)すなわち、とき・日をもへだてず、正定聚のくらいにつきさだまるを、往生をうとはのたまえるなり」の文について桜部健師が述べられた「『正定聚に定まるのがただちに往生だ』という意味ではなく、『〈すなわち往生を得る(即得往生)〉と経文に言われているのは、正定聚に定まることを直截にそう言い表してあるのだ』という意味である」という一文を自身の考究の出発点(かつ結論)として挙げられるが、氏の考察は親鸞の往生観がいかなるものであるかの探究ではなく、親鸞の往生観が臨終往生であることの論証を目的とした、非常にバイアス〈偏り〉のかかったものであり、筆者は氏の論理展開に歪ささえ感じるのである。

        〈3〉

氏は康僧鎧訳『無量寿経』(以下、『大経』)に一度だけ現れる、第18願成就文中の「即得往生」の語の特異性――異訳やサンスクリット原典・チベット訳等に比して、往生が命終後であるとの明言がない――に着目し、これが「現世往生説」を生み出すもととなったと指摘される。そして、この『大経』の異例な「即得往生」の語が他の浄土経典に説かれる臨終往生・命終往生とは異なる往生を説くものと誤解されないために、親鸞は『一念多念文意』で「即得往生」に解説を施したとされるのである。

しかし、私はあえて問いたいのであるが、往生が命終と明言されていないことが問題だと氏が指摘した第18願成就文は、浄土教教理史において「臨終往生」を語るものと了解されてこなかったのであろうか。

しかし、事実は逆で、親鸞在世当時の文献を紐解けば、この「即得往生」の「往生」がまさしく臨終来迎往生として、それも親鸞の師法然によって了解されていることが知られる。

元久元年(1204、法然在世中、親鸞書写の前年)11月書写の奥書を持つ『選択集』當麻寺奥院蔵本(往生院本)においてこの文は「念仏往生の願成就の文」として「諸の衆生有りて、その名号を聞きて信心歓喜して、乃至一念心を至して回向して彼の国に生ぜむと願ずれば、即ち往生を得て不退転に住す」(原漢文)という訓読で引かれている。「即得往生」は「即ち往生を得て」と訓まれているが、法然は「まことに十念・一念までも仏の大悲本願なおかならず引接したまう無上の功徳なりと信じて、一期不退に行ずべき也」(『西方指南抄』)と臨終の一声までの称名を勧めており、「即得往生」とは、臨終に即時に来迎を得て「安楽不退の国」(『漢語灯録』)への往生を遂げるとの意である。

成就文以外にも往生院本『選択集』は曇鸞『浄土論註』の「乗仏願力便得往生彼清浄土」を「仏の願力に乗って便ち彼の清浄の土に往生することを得」、善導『往生礼讃』の「衆生称念必得往生」を「衆生称念すれば必ず往生することを得」と訓んで、これらを尋常(平生)の称名によって臨終に「往生することを得」る証文としている。

これに対して親鸞はそれらの文言いずれにおいても「得往生」を「往生を得」と訓んでおり、親鸞は法然の往生観をそれと知りながら、あえて「即得往生」を「如来の回向によって信心を獲得すれば、(今現在)即時に往生を得る」と主張していることが知られる。

これが、氏がどこにも存在しないとした「『現世往生』を証明するため試みとしての『親鸞の読み替え』」であると筆者は考える。

        〈4〉

また氏は『一念多念文意』の「得は、うべきことをえたりという。真実信心をうれば、(中略)すなわち、とき・日をもへだてず、正定聚のくらいにつきさだまるを、往生をうとはのたまえるなり」の文を、香月院深励師の「得はうべきことに定まりたこと」(『無量寿経講義』)との注釈に拠って、「親鸞は、正定聚のくらいにつきさだまるということが、命終後にうべき浄土への往生が今この身に『約束されたものとして得られた』ことを意味するもの、と註解している」と述べている。

しかし親鸞の用語例では、未来に何かを得ることが約束されたことを語る際には、「うべきことえたり」ではなく、「うべきことをえてんず」という表現を用いている。

親鸞は『一念多念文意』に「歓喜」を「うべきことをえてんずと、かねてさきよりよろこぶこころなり」「うべきことをえてんずと、さきだちてかねてよろこぶこころなり」(将来、得られるであろう〈滅度、大涅槃〉を、必ず得られるであろう、と前もって喜ぶ心を「歓喜」と言う)と抑えている。

氏は、本願成就文の「即得往生」が臨終往生ではないと誤解されないために親鸞は『一念多念文意』で注釈を施したとされるが、氏が親鸞の文章表現それ自体に忠実ではなく、江戸期宗学というフィルターを通してしかそれを見ようとしていないことが窺われる。

        〈5〉

親鸞の往生観は臨終往生であると主張する氏の論拠は、もはや前掲の『一念多念文意』文中の「正定聚」の語に親鸞が付した「おうじょうすべきみとさだまるなり」の注(左訓)のみとなった。

しかし氏は、この「往生すべき身と定まる」の左訓を強調しながら、同じ『一念多念文意』の「正定の聚」の「かなら(必)ずほとけ(仏)になるべきみ(身)となれるとなり」、「等正覚」の「まこと(真)のほとけ(仏)になるべきみ(身)となれるなり」「ほとけ(仏)になるべきみ(身)とさだ(定)まれるをいうなり」、「大涅槃」「無上大涅槃」の「まこと(真)のほとけ(仏)なり」といった左訓には一切言及されない。「必ず滅度に至る身」「必ず大涅槃を超証すべき身」との了解が親鸞における「正定聚」(等正覚)の第一義であるにもかかわらず、である。

紙幅の制限上詳しい論証は割愛せざるを得ないが、例えば『浄土三経往生文類』(広本)に「大経往生というは、(中略)現生に正定聚のくらいに住して、かならず真実報土にいたる。これは阿弥陀如来の往相回向の真因なるがゆえに無上涅槃のさとりをひらく。これを『大経』の宗致とす。このゆえに大経往生ともうす。また難思議往生ともうすなり」と述べることから見ても、親鸞は「往生」を従来のような「ある一時点(命終)での他界への転生」、つまり「点」ではなく、「真実の信楽を獲る人は、現生に正定聚の位に住して、必ず真実報土に到って無上涅槃の覚りをひらく」という一連の「過程」全体、正定聚に住して開始される不退転の「道程」(大涅槃道)、つまり「線」として述べている。(筆者は親鸞が「往生」理解におけるパラダイムシフト〈常識的・支配的な解釈の変更〉を試みたと考える)

この「往生すべき身」を「臨終往生が約束された身」ではなく、「『必ず大般涅槃に至る道を歩むこと』(=往生)のできる身」と解釈することこそ真に親鸞の意にかなった了解であると筆者は考えるのである。

小谷氏の反論に期待しつつ、今回の論考の筆を擱くこととする。