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『中世禅籍叢刊』にみる聖一派の禅密思想 ― 中世禅の再考≪1≫

龍谷大非常勤講師 亀山隆彦氏

2018年10月3日付 中外日報(論)

かめやま・たかひこ氏=1979年、奈良県生まれ。2013年、龍谷大大学院文学研究科仏教学専攻博士課程修了(博士〔文学〕)。その後、米国仏教大学院博士研究員を経て、15年から龍谷大非常勤講師および世界仏教文化研究センターリサーチ・アシスタント。専門は仏教学、密教学、日本宗教学。主な論文に「六大と赤白二渧:真言密教思想における胎生学的教説の意義」(『真宗文化:真宗文化研究所年報』26号)など。
一.『中世禅籍叢刊』について

ウェブサイトにも明記するとおり「従来見えてこなかった中世禅の新たな性格」の解明を目的として、大須観音真福寺と称名寺が所蔵する聖教を中心に、日本各地の寺院および文庫に伝わる貴重な禅関連資料の影印・翻刻を収めたものが、本『中世禅籍叢刊』(臨川書店)である。2013年3月に、第一巻「栄西集」が出版され、18年3月の十二巻「稀覯禅籍集続」刊行をもって、ひとまず完結した。本叢刊に収録する「禅籍」のなかには、近年、新たに真福寺から検出された栄西『改偏教主決』『重修教主決』のような、まったく未知の資料も含まれ、そのことから中世禅にとどまらず、ひろく日本の仏教・宗教思想史の枠組みを刷新することも期待される。

二.聖一派とその教え

その『中世禅籍叢刊』第四巻と十一巻は、それぞれ副題を「聖一派」「聖一派続」とし、前述の十二巻とあわせて臨済宗聖一派関係の貴重な資料を収める。聖一派は、栄西の孫弟子にあたる円爾に端を発する臨済禅の一派で、鎌倉から室町期にかけて東福寺を中心に発展した。九条道家ら時の権力者に強力なパイプを持ち、政治の世界でも大きな影響力をふるったことから、近年は日本史学界でも注目を集める。栄西がそうであったように、円爾と聖一派も「純粋禅」ではなく「諸宗兼修」の禅を勧めた。とりわけ禅と密教の併修を奨励したようで、円爾自身、自らが受けた天台密教の法流を近しい弟子に伝授し、東福寺において『大日経疏』『瑜祇経』といった密教経典の講義を盛んに行っている。それら講義は弟子の手で記録され、なかでも癡兀大慧による記録が、今も大須観音真福寺に残る。講義録は『大日経義釈見聞』『瑜祇経見聞』『秘経決』と題され、本叢刊の第四巻と十二巻に収録される。

聖一派における「禅」と「密」の結びつきは、円爾の弟子において一層強固になる。なかでも、東福寺の第9世をつとめた癡兀大慧の密教に対する高い関心と深い知識は、とりわけ注目に値するだろう。癡兀大慧も、栄西や円爾と同じく天台の学僧出身で、参禅前は密教の教理と儀礼を学んでいた。興味深いのは、その密教が天台だけでなく真言も含むという点で、伝記には、両密教の教えに等しく通じていたことから、その知識を「平等義」と呼んだと記される。著作に目を向けると『菩提心論』『大日経疏』の注釈から、弟子に授けた印信、さらに密教儀礼と教理に関する口伝の記録が、多数真福寺に伝わる。講義録はそれぞれ『菩提心論随文正決』『大日経疏住心品聞書』と題し、『中世禅籍叢刊』第十一巻と十二巻に収録される。口伝の記録は『東寺印信等口決』『灌頂秘口決』『三宝院灌頂釈』として、同じく第四巻と十二巻に収録される。

さて、これら著作を詳しくみていくと、円爾や癡兀大慧が説いた「禅」の教えとは、従来の「諸宗兼修」の禅の範疇には収まらない画期的な思想であったことが分かる。たとえば、彼らが弟子に伝えた知識のなかには、後に「邪義」「邪説」に分類されることになる「胎内五位」「赤白二渧」説といった、仏教の生理・胎生学の知識と密接に結び付く密教の秘説も含まれる。さらに、それら秘説をめぐる解釈は、同時代の真言または天台僧に小さからぬ影響を残した。本稿の締めくくりに『中世禅籍叢刊』に収録される資料のなかでも、癡兀大慧『東寺印信等口決』に注目し、その内容と思想史的な意義がいかなるものであったか確認する。

三.癡兀大慧『東寺印信等口決』の禅密思想

まず首題の「三宝院東寺印信等口決」から、醍醐寺三宝院に伝わる秘密の教えに関する著作と理解される『東寺印信等口決』だが、識語には「仏通禅師(=癡兀大慧)六十八御年の御談話口決なり」と記される。癡兀大慧は、1312年に84歳で逝去しているから、本書はその16年前の1296年に行われた「御談話口決」の記録といえる。本書は計30の問答からなり、後に詳しく述べる「有覚門本有の法」と「無覚門本有の法」の概念を軸に、①即身成仏の可否②顕密の差異③禅密の優劣④密教における自心の意義――といったテーマについて議論がなされる。

続いて、軸となる「有覚門本有の法」と「無覚門本有の法」だが、癡兀大慧によれば、密教の説く「本有の法」には「有覚門」「無覚門」の2種があり、第一の「有覚門本有の法」とは、いかなる衆生も心中には必ず「覚悟の性」を具え、たとえ表は迷っていても、その裏には必ず覚りがあると考えることである。第二の「無覚門本有の法」は、迷いも含めて、衆生の身心のすべてが「正覚の仏体」であり、そこには裏も表も内も外もなく、すべて法身大日如来の一部と理解されることを指す。さらに「無覚門本有の法」には次のような解説も確認される。

衆生在迷の妄見は、妄りに一切衆生の色心五蘊・十二入・十八界の生滅の法と見る。諸仏自証の知見は、一切衆生の色心実相にして、本際よりこのかた常に是毘盧遮那平等の智と身となりと知見する。これをもって、直に輪廻受生の初後を押さえて、正しく法仏成道の始終と見るなり。これを無覚門の本有と名づく。(『中世禅籍叢刊』四巻、493ページ)

迷いを抱えた衆生は、自らの心も体もすべて「生滅」の法と誤解するが、仏陀は、大日如来の「平等の智と身」そのものと理解している。したがって「輪廻受生の初後」、つまり、衆生がこの世に生を受ける懐胎から出産までの一連の過程は、そのまま大日如来の「成道」のプロセスとみなされる。

もう少し詳しくいえば「輪廻受生の初後」とは、男女が性的に交合することで、両者の「赤白二渧」が子宮で混じりあい「羯剌藍」と呼ばれる胚がつくられる。その胚がさらに「頞部曇」「閉尸」「鍵南」「鉢羅奢佉」の四位を経て、完全な人体となる過程を指す。それが「法仏成道の始終」、つまり両部の大日如来の成道のプロセスと相応し、同じく『東寺印信等口決』によれば、密教行者が経験する入壇灌頂の各階梯とも完全に一致するという。あるいは、灌頂はこのような「母の胎内にある五転の次第」を経験し、大日如来の覚りをその身に得るための儀礼と理解される。

ここでいう「無覚門本有の法」、すなわち「輪廻受生の初後」や「母の胎内にある五転の次第」はおよそ禅らしからぬ術語だが、これらは、主に鎌倉から南北朝期の真言・天台密教で重用された。たとえば、母の胎内での「五位」と灌頂の一致については、鎌倉期の真言僧、道宝『理趣経秘決鈔』にほぼ同じ構造の教説が確認される。また、憲深を筆頭に、歴代の醍醐寺座主が相伝してきた灌頂の「秘密口決」を記す『纂元面授』にも「無覚門本有」「有覚本有」、さらに「輪廻受生の初後」「法仏成道の始終」といった表現が、そのまま登場する。

また『纂元面授』の場合、癡兀大慧の臨終の口決を記録した『灌頂秘口決』との間にも、類似の記述を多数有することが、近年の研究で明らかになっている。『纂元面授』は、早くとも1318年以後の成立で、癡兀大慧の諸著作に10年ほど遅れる。こういった事実を踏まえれば、本書は醍醐寺座主が相伝する「秘密口決」ではなく、癡兀大慧の教説に基づいて執筆された「禅籍」なのかも知れない。少なくとも、その成立に、癡兀大慧が何らかの影響を及ぼしていた可能性は高いと考える。

以上『中世禅籍叢刊』には、中世禅のイメージを刷新するにとどまらず、日本仏教思想史に小さからぬ影響を及ぼすだろう資料も数多く収録される。その点で、本叢刊が広く研究者の注目を集め、今後、更なる検討と評価が試みられることを期待したい。