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ニューカマー宗教の日本における展開

大阪国際大教授 三木英氏

2018年11月21日付 中外日報(論)

みき・ひずる氏=1958年、兵庫県生まれ。大阪大大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(人間科学)。2002年から大阪国際大教授。『宗教集団の社会学』(北海道大学出版会)、『宗教と震災』(森話社)、編著『異教のニューカマーたち』(森話社)ほか。
在留外国人は総人口の2%

1990年は日本国内に住む外国出身(外国にルーツを持つ)者の数が史上初めて100万人を超えた年である。それから僅か15年後の2005年、その数は倍増して200万を突破するに至る。そして17年12月末現在、国内の在留外国人は約250万を数えるまでになった。これは日本総人口の2%に該当する数値である。

この急増を実現させたものとして、彼らの出身国の政治的不安定、また日本との経済格差等がプッシュ要因として指摘できる。母国よりも安全に生活でき、高い収入の獲得が見込めるとなれば、日本への渡航を夢見る者が増えてくることに不思議はない。

これに加え、日本側のプル要因が大きく作用した。進行する少子高齢化、そしてそれに伴う高学歴化により、3Kと形容されるハードな労働を敬遠する風潮が人々(とくに若者)の間につくられてきたことは周知のことである。とはいえ、そうした労働の現場なくして社会は成り立つものではない。しかして、ハードな現場における労働力の確保は日本社会の喫緊の課題となった。

「出入国管理及び難民認定法」の改定(1990年)さらに技能実習制度の導入(93年)は、この課題に応えてのことである。ここから日本は、社会を動かし続けるためのマンパワーを海外に求めるようになったのである。

いまや私たちの周囲に外国出身者が暮らしている情景は、珍しいことではなくなった。その彼らの内訳を見れば約73万人の中国出身者が最多で、48万の韓国・朝鮮がこれに次ぎ(ここには特別永住者が多く含まれる)、ベトナム26万、フィリピン26万、ブラジル19万、ネパール8万と続いていく。

かつては日本人が数多く海外に移住し、苦闘しながら異郷に根を下ろしていった。ハワイをはじめとするアメリカ諸州、そしてブラジルを筆頭とする南米諸国が、彼らの新天地であった。

そしてその新天地に日本の仏教寺院や神社が設立されたことは、よく知られているだろう。日本人移民たちはそこに足繁く通った。篤い信仰心からのことであるに加えて、日本人であることを忘れぬようにとの思いからのことであろう。慣れぬ環境下で辛酸を嘗める者同士が寺社で出会い、支え合ったこともあったはずである。

ニューカマー宗教の現状

1990年以降に来日し定着した外国出身者はニューカマーと総称されるが、その彼らが、かつての日本人移民と同様、異郷での暮らしのなかに故国の宗教を求めることは自然なことである。かくして国内各地に、日本人にとってはなじみの薄い宗教、すなわちニューカマー宗教の施設が姿を現すようになる。

イスラームの礼拝所であるマスジド(=モスク)は、その最たるものであろう。90年より以前、国内のマスジドは僅か四つに過ぎなかった。それが本稿執筆時点で100を超えるまでに急増している。そのほとんどは既存のビル、あるいは家屋が転用されたもので、海外の壮大なマスジド建築には比較のしようもない。しかしそれらは日本在住のムスリム(=イスラム教徒)が協力し合って開堂へと漕ぎ着けた熱意と努力の結晶である。聖なる金曜に集団で礼拝することを義務と心得る彼らに、多くを収容できるマスジドは欠かせない。

そのマスジドも、日本人住民にとっては困惑の対象であっただろう。近所の空き家(空きビル)に買い手が現れ、誰が入居するのかと思っていたら、工事が施されてイスラームのマスジドになるという。そしていつの間にか、毎金曜日に外国人が大勢集まるようになった。こうしたことが身近に起これば、元々の住民が驚くことに無理はない。その一方でムスリム側は例外なく、日本人との交流を望んでいる。日本人がイスラームの文化を知り、偏見を是正してくれることを願っているのである。

ブラジルやフィリピンといったカトリック国からのニューカマーたちも、彼ら独自の教会を創設している。日系ブラジル人によるエヴァンジェリカル(福音派)教会、そしてフィリピン発祥のイグレシア・ニ・クリスト(「キリストの教会」の意である)の聖堂がそれである。週末ともなれば、そこには牧師の語りに感応して涙を流す人々、そして集会終了後に母国語で談笑し合う人々の姿がある。日系人やフィリピン出身者と結婚した日本人、そして二人の間に生まれた子どもたちも見られるようになった。

ニューカマー仏教の伸張も著しい。たとえば台湾仏教である。台湾には五大仏教と称される教団が存在するが、そのうちの中台山と佛光山が国内に寺院を建立している。2018年には後者の日本総本山が群馬・伊香保に完成したばかりである。寺には台湾出身者ばかりでなく、人民共和国出身者も足を運ぶ。女性信者の多いところが特徴といえる。

ベトナム仏教寺院建立が近年相次いでいることも、注目に値する。その大半は、ベトナム戦争終結後の1970年代末から日本に定住するベトナム人たちが、仕事の合間に手弁当で、協力し合って整備してきたものである。筆者はこれまで、六つを訪問してきた。在留ベトナム人口の急増している昨今、寺の数はさらに増えていよう。ベトナム出身者は自分たちの寺に集まって本尊に祈り、仏教を学ぶ。また寺は、日本生まれの若い世代にベトナム語・ベトナム文化を伝える場でもある。

上座仏教の進出にも言及しよう。タイ仏教の寺院は既に10カ寺を優に超えた。スリランカ人僧侶が住職を務める寺も、筆者の確認する限り、七つある。それらの寺院に参集するのはタイやスリランカの出身者がほとんどであるが、日本人信者の姿も散見される。“満たされない思い”で彷徨して上座仏教にたどり着き、いま仏教研究で充実した日々を送っているとは、スリランカ寺院で出会った日本人男性から聞かされたことである。

なお上座仏教といえば、日本テーラワーダ仏教協会が、その活発な出版・講演活動によって広く知られているだろう。その活動に参与しているのは大半が日本人である。この点において、すべてのニューカマー宗教のなかで当協会が異色であることは、附記しておきたい。

日本人と「顔を見合う」関係

増加を続けるニューカマーであるが、彼らについて日本人が知るところはまだ少ない。『顔の見えない定住化』とは、日系ブラジル人の調査を行った日本人社会学者による研究書のタイトルであるが、日本人との接触機会に乏しい(よって顔が見えない)状況は、日系人に限らず、他のニューカマーにも該当していると判断できる。まして独自の宗教施設に集うニューカマーの存在は、「宗教への無関心」を標榜する日本人の大多数にとり、なお遠い。

とはいえ時がたてば、来日して働く外国人はさらに増え、ニューカマー第二世代が成長する。ニューカマーと日本人が顔を見合う機会は、コンビニ以外に、地域・学校・職場でも着実に拡大して二者の関係には変化が生じてくるだろう。こうした動向は、日本宗教にも波及するのではないか。

いま国内カトリック教会のミサには高齢の日本人信徒と並んで多数の外国出身者が参列している。神道・仏教・キリスト教の代表者が出席して異文化交流について論じ合う会議が某イスラーム団体のマスジドで毎年開催されている。在日ベトナム人が営む法要のため、住職が自坊を会場として提供するというケースもあった。これらの事例は、日本宗教の未来の一端を示唆しているかもしれない。

いま日本人の生活と密接に関わる仏教も、渡来してきた6世紀には、ニューカマー宗教であった。それが人々に受容され、日本文化の根底をなすほどに浸透していったものである。キリスト教も16世紀のニューカマー宗教で、禁教後に潜伏したキリスト教は独特な「隠れ」の文化を形成していった。そしてキリスト教は19世紀に再来し、現代日本の文化・教育・医療等の分野で存在感を発揮している。

20世紀末以降、日本は海外からの宗教の進出を経験するようになった。それは日本にとって、初めての経験ではない。今回のニューカマー宗教は日本における人と社会に、そして日本宗教に対して、どんなインパクトを与えていくのか。筆者は研究者として、それを見極めることが、自身の責務であると考えている。