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『一枚起請文』の真髄を求めて ― 「尼入道」異説問題の超克

浄土宗教学院会員 佐々木誠勇氏

2018年11月30日付 中外日報(論)

ささき・じょうゆう氏=1947年、宮城県生まれ。大正大仏教学部仏教学科卒。教職38年(公立高校国語科教諭26年、同教頭・校長職12年)を経て定年退職。浄土宗教学院会員。著書に『「一枚起請文」における「尼入道」攷』、論文に「『徒然草』(最終段)考」「インドの教育」「小学校への高校生派遣教育助手プログラム実践研究」など。

先般、「平成30年度浄土宗総合学術大会」が佛教大で開催された。私の研究発表の後、一人の年配の方から、次のような質問を頂戴した。

「尼入道が一語だとか、二語だとか。そんなことはどうでもいいではないか。ただ無智の者たちと考えていればいい」

比較的、研究熱心な方々が集まる場であっただけに、その問題意識の低さに、私は愕然としてしまった。申すまでもなく、『一枚起請文』の結勧の句(流通分)は、専修念仏の本髄を説示したものと伝えられている。「尼入道」異説問題の現状と現場教師の実態を思う時、「滅後の邪義」の一節が脳裏をよぎる。

問題の所在を明確にするために、最初に、浄土宗の公式見解(「勧学職会議」の答申)を掲げてみる。
(1)形相のみで正式な法門を学ばず、在家のままで仏道に入った女性信者を指しているとの解釈。
(2)「尼・入道」というように、尼と入道を区分して、(1)の示す尼(女性)や入道(男性)を指すとの解釈。
の二通りがあるものと考えられます。(浄土宗『宗報』平成21年6月号)

答申は、一語説・二語説の両論併記である。(1)は一語説の解釈。しかし、このままでは、後家尼や女官の尼女房なども含まれてしまう。それらの在家尼は、御家人の妻や貴族出身の女性が多く、愚痴無智の「尼入道」とは区別する必要がある。(2)は二語説の解釈。しかし、中世初期に一文不知の在家入道は存在しない。また「入道」は、男性に限った呼称ではない。従三位以上の「勅許入道」や「幕府御免の入道」の認可制度があった時代である。在家入道が史料に登場するのは、もう少し後の時代で、本来的な受戒を要しない新興念仏教団の創成期からになる。

次に、『現代語訳法然上人行状絵図』所載の「尼入道」の解説文を見ておきたい。

「出家剃髪をしても在俗的な生活を送る女性・男性」

上の解説文は、勧学職会議の答申を踏まえてはいない。二語説に特定するのであれば、論拠を示すべきであろう。また解説文の表現は「出家剃髪をしたものの(つまり、出家者ではあるが)、在俗的な生活を送っている」と読める。本書は、法然上人八百年大遠忌記念の出版事業として発刊され、既に浄土宗全国寺院に配布済みである。末代までの影響は不可避であり、事態は極めて深刻である。

先行研究における一語説・二語説の論拠は確たるものであろうか。恣意的解釈を回避するためには、まずはいったん、文語文法に留意して、直訳を間違いないものにしておかねばならない。その上で、言外に込められた深意を慎重に見極めていくことが求められる。先行論文には、その点に課題がある。

助詞・助動詞の用法を正確に捉え、丁寧に訳出すれば、疑問が氷解する例もある。例えば、「尼入道の」の格助詞「の」は、比喩用法であり、解釈は「尼入道のような」と比喩的例示の意になる。これが二語説であれば「尼のような無智のともがら」及び「入道のような無智のともがら」の解釈となる。なかんずく、「入道=無智」の意にもなり、解釈に無理が生じるのは明白である。名文を読む際には、殊に高遠な真理を啓示するような比喩的言語に細心の注意を払わねばならない。

元来、異説問題の対象から除外すべき資料であるのに、解釈が不全なために不毛な論争を招いている文例もある。例えば、『法然上人行状絵図』の西仙房心寂の逸話に出て来る「尼入道」などは、文脈から見て、男性長者の通称名であり、固有名詞の「尾入道」でなければ説明がつかない。また、解釈が分かれている『念仏名義集』(巻上)の「尼入道僧ナント」などは、『念仏往生修行門』や『四十八巻伝』の当該箇所と比較照合すれば、「出家した尼僧と男僧」(比丘尼と比丘)の念仏数を記した語句であることが鮮明になる。元々『一枚起請文』に記された在家信者の「尼入道」とは、何の関係性もない資料である。

小生の研究調査で一語説を明確に示す資料に遭遇した。江戸中期の浄土宗素信の『一枚起請旁観記匡解』と『一枚起請述讃』には、略称「尼入」や別称「ににうだう」「に尓う」のルビが記されている。江戸中期の宗派間の念仏論争においては、それだけ「尼入道」論議が盛んであり、尼入(ニニュウ)の使用頻度が高かったことを物語る。元来、略語や略称は、語形の長さから来る煩わしさを回避するために考えられるもので、元の一語の意味を保つことが前提となる。一語説を明確に決定づける資料である。

また、敬首の『一枚起請親聞録』には、4種類の仏道修行者の一例として「尼入道」が掲げられている。さらに、関通の『一枚起請文梗概聞書』には「其の教え偽りならぬ現証を挙げれば、妙照尼の如きは云々」と、「尼入道」往生の実例「妙照尼」を紹介している。いずれも「尼入道」が一語であることを端的に示す資料である。

従前の解釈に見直しを要する資料もある。『愚管抄』(又建永ノ年)などは、接続助詞「つつ」「て」の古形用法を弁えておくべきであり、一休禅師の漢詩「賛法然上人」(教智者如尼入道)も、『無量寿経』を没却した禅宗学匠の解釈に難点がある。浄土門の視座から再解釈すべきと考える。

異説問題の歴史的経緯を俯瞰する研究も手付かずである。拙著『「一枚起請文」における「尼入道」攷』(注①)に詳述しているが、尼入道二語説の淵源をたどっていくと、真宗仏光寺派貞阿の『一枚起請文皷吹』(貞享2年刊)に逢着する。ところが、明治28年になって、思いもよらぬ展開となる。浄土宗小野國松が、冠註付復刻版(『冠註一枚起請文皷吹』)を発刊したのである。これが、事実上、浄土宗に二語説が浸潤した歴史的なターニングポイントとなる。近代に入り、浄土門諸宗に復刻版が流布した影響は甚大である。

その後、貞阿に端を発する二語説は、『仏教大辞彙』(大正3年)の「尼入道」語釈や、戦前の中等教育の『国文教科書』に採録された『一枚起請文』の指導書「教授備考」の「尼入道」解釈にも色濃く反映されている。

問題の本質は現今の異説論議からは見えてこない。我々は、この異説問題を超克して、「尼入道」例示のご本意を探らねばならない。それは、信仰とは何かという宗教の根本課題に迫る問題でもある。

江戸中期に天台宗霊空から専修念仏批判が惹起された時、格好の標的にされたのが『一枚起請文』の「尼入道」であった。霊空の「尼入道劣機論」は、「機」を「知識・理解力」と解釈している。一方、浄土門の先学は「尼入道正機論」で対峙し、「機」の解釈の主軸を「信仰の深さ、ひたむきさ、純粋さ」に置いている。双方の熱い論戦に「二語説」が介在する余地は全くない。

しかし、現代に生きる我々は、尼入道の実像を知らない。また、現代においては、殊更に「尼入道の機」が論じられることもない。尼入道は「無智のともがら」の一事例にすぎないとする見方が一般的であろう。それは、霊空の「劣機論」に通底する。そして、巷談の「女性差別論」もまた、「劣機」を前提とした思考回路による。

法然上人は、何故に『一枚起請文』に「尼入道」を記さねばならなかったのか。「同じうして」とは、いかなる信仰形態をいうのか。その問いに応えることは、『一枚起請文』の真髄に迫る重要課題である。しかし、「尼入道」の比喩的例示に込められた法然上人の情想を感得し、それを過不足のない言葉で表出することは、永遠の課題である。

それでもなお、法然上人のご本意に多少でも近づくために、その糸口を探さねばならない。前掲の「妙照尼」資料の解説文が注目される。関通は、「正シく一文不通の者なれとも、但信稱名して現證明かに來迎を拜み、目出度往生せり。如レ是ノの機を仰信(注②)分とは申す也」、「但直仰信の人第一の正機」(『浄土宗全書』巻九)と述べている。

「尼入道の正機」とは「仰信の機」と思料される。阿弥陀如来を仰ぎ見て、一心に名号を称える尼入道の姿には、何らの思惟、理解、分別作用のない無条件の欣求、只、ひたすらに渇仰する正機がうかがえたのではなかったか。

学問に秀でた僧侶たちが、とかく見失いがちな専修念仏の枢要を説示したものと考えられる。

(注①)私家版、頒価5千円(送料別)。問い合わせは、佐々木=FAX03・6700・8451。
(注②)「仰信〔ごうしん〕」=教えや仏の深意を理解し思案せず、ひたすら仰ぎ信じること。解信の対。(『新纂浄土宗大辞典』)