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トップ> 涙骨賞受賞者一覧リスト> 第13回涙骨賞「奨励賞」受賞者寄稿 濱谷 真理子氏
中外日報社主催第13回涙骨賞「奨励賞」受賞者寄稿

第13回涙骨賞論文部門の「奨励賞」受賞作を、筆者自身によってエッセーとしてまとめたものです。

2017年7月21日付 中外日報

神の門にて死者を見送る — 葬送儀礼にみる現代インド女性の世捨て

濱谷 真理子氏

 はまや・まりこ氏=1981年生まれ。筑波大卒。京都大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科所属。博士(地域研究)。主な論文に「贈与に見る女性行者の社会関係ー北インド・ハリドワールにおける招宴の分析から」(『文化人類学』)、「『乞食遍路』の生活誌」(『徳島地域文化研究』)。
1.はじめに

「世捨て」というと、たいていの場合イメージされるのは、家族、地位、財産など世俗の一切を捨てて、人里離れた僧院や庵にこもって隠遁生活を送る苦行者の姿だろう。が、そうした世捨てのイメージは、往々にして男性中心の出家制度によって支えられ、つくられてきたものである。男性優位のインド・ヒンドゥー社会では、女性の出家が制約されてきた一方、個別に修行生活を送る女性行者たちも存在する。本稿では、北インドの巡礼地ハリドワール(神の門)で、「家住行者(gṛhasthīsant)」と呼ばれる女性たちが実践する世捨てのあり方について、葬送儀礼をもとに考察する。

2.インド・ヒンドゥー教の出家制度と女性

古来、インド人にとって理想的な生き方とされたのは、勉学に励む学生期、結婚して子どもを育てる家住期、隠遁する準備段階としての林行期を経て、最終的に世を捨てて乞食遊行して暮らすことであった。一般にサードゥ(sādhu)と呼ばれるヒンドゥー教の行者たちは、この最終段階にあたる人びと、すなわち出家者(saṃnyāsī)として在家の人びとから敬われている。

ただし、このような生き方が理想とされるのは、ブラーマンを中心とする上位3カーストの男性たちの場合であって、シュードラ以下の下層階級には出家はふさわしくないとされてきた。そして、男性よりも不浄である、あるいは知的・精神的に劣っているなどの理由から、シュードラ以下とされる女性もまた、長らく公式な出家をみとめられてこなかった。現在でもなお、行者全体のうち女性は少数である。

一方、筆者がハリドワールで出会ったのが、男性中心の僧院や修行道場の外で個別に暮らす、在野の女性行者たちだった。彼女たちのなかには、世捨てした後も故郷の親兄弟や子どもたちと頻繁に行き来したり、男性パートナーと結婚して子どもをもうけたり、商売を営んだりと、およそ出家者らしからぬ生活を送っている者もいる。彼女たちはしばしば、出家者よりも劣るというネガティヴな意味合いを込めて、「家住行者」と呼ばれる。

世俗とのつながりを維持することは、確かに女性行者たちを出家者よりも低く位置づける要因となる。しかし、それは果たして彼女たちの修行生活の妨げとなっているのだろうか。以下では、血縁親族など世俗的紐帯が前面化する葬送儀礼をもとに、彼女たちにとってそうしたつながりを維持・構築することがどのような意義をもつのかを検討する。

3.葬送儀礼の概要

出家者の死は、深い瞑想状態に入ったとみなされ、サマーディ(samādhi)と呼び表される。在家者の場合、死後は主に火葬されるのに対し、出家者は土葬か水葬される。逝去直後に行われる土葬儀礼を、ブー(bhū:大地)・サマーディ、水葬儀礼をジャル(jal:水)・サマーディと呼ぶ。在家者が行うような服喪の儀礼や慣習は、通常行われない。死後16日目に、所属宗派の構成員たちや近隣の行者たちを招いて、ソールシー(ṣo●ṣī)と呼ばれる追悼招宴が開かれる。

土葬儀礼の場合、以下の手順で葬儀が進められる。

逝去後、すみやかに蓮華座で遺体を安置しておく。儀礼当日、まずパーンチ・ガッビャ(pāncgavya)と呼ばれる、牛乳、精製バター、ヨーグルト、牛の尿、牛糞を混ぜた液体で、遺体を浄める。次に、浄めた遺体にふんどし及び僧衣を身につけさせる。口にルドラークシャ(rudrākṣa:ジュズボダイジュ)の実を詰める。額に聖灰を塗りつけ、黄色の白檀と赤色の白檀でティラーク(tilāk)と呼ばれる文様を描く。ルドラークシャの数珠やマリーゴールドの花輪を首にかける。肩にショールを羽織らせる。あごの下にY字形の木の棒を置いて、姿勢を固定させる。布に包んだロート(roṭ:厚く焼いたケーキ)を遺体に添える。遺体前に香と灯明を供え、献火の儀礼を行う。

参拝者による弔問が終わると、深さ4メートルほどの穴に、遺体を北向きに安置し、塩・砂糖を詰め、供物も一緒に納める。土をかけ、穴が埋まるとその上に土と牛糞を水で固めて小山を作り、遺影と花輪を供える。

水葬儀礼の場合も、土葬と同様の手順で遺体を清めた後、喪主及び弔問者で行列を組んで規定の沐浴場まで遺体を運び、ガンガー河に沈める。

4.葬儀方法をめぐる討議

行者の葬儀方法は、その行者が出家者としてどの程度の地位にあったかを測られる目印にもなる。一般に、男性行者の場合は、帰属する師弟集団や在住修行道場の構成員が主体となって、葬送儀礼やその後の追悼儀礼を執り行う。また、亡くなった行者の地位が高いほど、盛大な土葬や追悼招宴を行う傾向にある。

一方、出家者か在家者か曖昧な「家住行者」の場合、出家者として土葬にするか水葬にするか、それとも在家者として火葬にするかが、問題となる。

一例を挙げよう。ある女性行者I(ネパール出身、80代)は、晩年の数年間を病気で臥せっていて、長男夫婦が彼女と同居して介護していた。Iが亡くなった際、長男はまずIの親族にあたる女性行者Rに電話をかけ、RがやはりIの親族にあたる女性行者Pや行者仲間Aに連絡した。当日はRとPが主導して水葬を執り行い、長男が務める修行道場の奉仕人たちも葬儀の手伝いに来た。逝去から16日後、長男は近隣の女性行者を招いて、追悼招宴を行った。

Iの事例のように、女性「家住行者」の葬儀を執り行うのは、多くの場合、子ども(特に息子)や親族である。が、親族と連絡がつかない場合はどうするのか。筆者の向かいに住んでいた、身元不詳の女性行者Aが心臓発作で急死した時のことだ。まず近隣住民が集まって対策を話し合い、その過程で地域の行者集団のリーダーWが呼ばれた。Wは村長、次いで身寄りのない遺体の処置を請け負っている慈善団体に連絡し、遺体運搬の手配をした。当初、隣人たちは、Aを火葬するものと思っていたため、誰が薪代を負担するのかを懸念していたが、遺体を運ぶ道すがらWが彼の師に相談して、最終的に水葬に付すことが決定された。

このように、女性「家住行者」の場合、死の場面に遭遇した身近な人びとの意向で、出家者として土葬や水葬に付される場合もあれば、在家者として火葬される場合もあった。つまり、彼女たちが出家者として承認され、適切に弔われるかどうかは、血縁親族や地域の行者仲間など、身近な人びととの関係性にかかっているといえよう。

5.おわりに

本稿では、インド・ヒンドゥー社会において、男性中心の出家制度で周縁化される女性「家住行者」たちの世捨てについて、葬送儀礼に着目して考察した。世捨てしたからといって、彼女たちは完全に世俗とのつながりを断つことなく、半ば在家者のような暮らしを送っている。世俗的紐帯は彼女たちを出家者よりも劣位に位置付ける要因としてはたらく一方、葬送儀礼を通じて明らかになったのは、子どもや親族、馴染みの女性行者など身近な人びとによって葬儀方法が決定され遂行されることだ。つまり、彼女たちにとって、世俗的紐帯は必ずしも修行生活の妨げとなるわけではない。それはむしろ、最期の時に彼女たちが真の出家者であったことを支持する力となりうるものである。

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