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食の生命に感謝する庖丁道 清和四條流第35代家元 清本健盛さん(51)

ほっとインタビュー2019年4月26日 16時09分
食の生命に感謝する庖丁道 清和四條流第35代家元 清本健盛さん きよもと・けんせい氏=1967年、大津市生まれ。雄琴温泉で近江懐石「清元楼」を営むとともに、庖丁道を志し、清和四條流を学ぶ。新宮章行氏(33代)、刀根盛治氏(34代)に認められ、2010年に35代家元に。滋賀県日本調理技能士会会長。

平安時代から続く庖丁道では、魚介類や鳥類、農産物など、料理に供される食材の命に感謝するため、神前、仏前で庖丁式を行い、巧みな技と共にその精神を伝承している。

節分の「恵方巻き」が大量に捨てられる映像がネット上に公開されたり、コンビニ、大手飲食店などの売れ残りや消費期限間近の食品、食べ残しが大量廃棄されたりするフードロスが深刻な社会問題となっているが、「食の命に感謝し、地産地消の日本食の原点に返らねば」と強調する。

河合清治

なぜ、この道に。

清本 大津市の雄琴温泉にある料理旅館「清元楼」の5代目として生まれた私は、小さい頃から板前さんと接する中で自然と料理人になりたいと思うようになり、高校卒業後、京都・粟田口にある京料理「まる多」の丸田明彦さんの下で5年間修業しました。師匠は四條流の庖丁道をされていて、店の近くの岡崎神社などで庖丁式を奉納していました。料理人の数少ない表芸といわれる庖丁式は格好良く、自分もいつかやってみたいと思っていました。

清和四條流に出合ったのは。

清本 5年間の修業を終え雄琴に帰り、23歳で旅館を継いだのですが、その2年後に料理人の先輩から「近江神宮で行われる庖丁道の稽古を見に行かないか」と誘われました。それが、近江神宮や日吉大社を中心に活動している清和四條流だったんです。

当時の家元は、第33代の新宮章行さんでした。四條流庖丁道は藤原山蔭を祖とし、886年に光孝天皇の御前で、巧みな庖丁さばきで鯉を切り、饗した山蔭の技術と教えが今日まで受け継がれています。

その流れの一つが清和四條流で、六条判官・源為義の十男で熊野に預けられていた新宮十郎(源義盛)を初代とする新宮家が代々受け継いできました。新宮家は従五位蔵人備前守として宮中の諸式作法の要職をつかさどってきた家柄です。

大河ドラマ「義経」では、昨年亡くなった俳優の大杉漣さんが新宮十郎を演じていましたね。

清本 その33代目となる新宮さんは、料理人としては、かつて比叡山の中腹にあった「叡山閣」の料理長を務められ、僧兵鍋などいろいろ考案された方でした。入門を決意した私に対して新宮さんは「仕事を犠牲にしてまで来なくてよい。無理せずに時間をつくって来られるときに来ればよい」と言って長続きするように気を使ってくれました。私は早めに仕込みをして、時間をつくっては庖丁道の稽古に通いまし…

つづきは2019年4月24日号をご覧ください

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