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「釈迦内柩唄」の主人公を演じ続ける女優 有馬理恵さん(46)

ほっとインタビュー2019年6月7日 09時12分
「釈迦内柩唄」の主人公を演じ続ける女優 有馬理恵さん ありま・りえさん=1972年、和歌山県生まれ。舞台女優。92年、劇団俳優座入団。99年から「釈迦内柩唄」をライフワークとして各地で主演。2013年、日本新劇俳優協会「詩と朗読・Mini Festival」観客賞受賞。

水上勉(1919~2004)の戯曲『釈迦内柩唄』の主演をライフワークとし、出演は約400回に及ぶ。

同作品は秋田県の釈迦内で火葬に従事する一家の物語。家業を継いだ主人公の薮内ふじ子の独白を中心に、火葬業に対する差別や「死んでしまえば、弁護士さんも、知事さんも、百姓も木こりも同じ」「人はみな平等」という達観、希望などが悲しみや怒り、ユーモアを交えて表現される。差別の業を抱えた人間の本質的な在り方を観客と感じ合える舞台を追求している。

池田圭

初めて「釈迦内柩唄」を観劇した際に衝撃を受けたそうですね。

有馬 高校2年の2学期の期末テスト中で、和歌山市民会館小ホールの前から2列目の通路側の席に座っていたことまで覚えています。

「釈迦内柩唄」は1980年に初演され、当時は前進座の浅利香津代さんが主演されていました。この作品は全部で約1時間半のお芝居。35分頃に主人公のふじ子が「この人のためなら死んでもいい」と思って同棲していた男が家業を知った途端に逃げた、と回想するシーンがあるのですが、浅利さんの泣き叫ぶようなそのセリフのところで気を失い、気が付くと終演して舞台の後片付けをしているところでした。

ところが、気を失った後のいろいろなシーンも写真のようなイメージで思い出せる。自分でも何が起こったのか分かりません。

伏線はあった。

有馬 私は同和地域と呼ばれた所で生まれ育ったのですが、高校1年の時、父母の結婚を大反対した母方の祖母が余命わずかとの連絡があり、会いに行くことになりました。しかし、祖父から玄関の前で「入ってくれるな」と拒否されました。「釈迦内柩唄」を見たのはそんな差別への強い憤りを抱えて苦しんでいた時期でした。

観劇後は1週間も学校を休み、自分の部屋のこたつで、ずっとうずくまっている状態。当時はなぜ衝撃を受けたのか言語化できませんでしたが、どん底をはいつくばいながらも「自分の人生を生きる」という哲学や思想を感じたからだと思います。

というのは?

有馬 幼い頃から「私はちょっと普通とは違う所で生まれたのかもしれない」と感じながら育ちました。そして血のつながった祖父母から拒否された。私は「この境遇からは抜け出せない。何て不幸な人生なのか」とドラマチックに自分を卑下し、そこにのめり込んでいました。

しかし、ふじ子は差別を受けながらも誇りを持っ…

つづきは2019年5月29日号をご覧ください

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