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新しい備前焼の創造を目指す人間国宝 伊勢﨑淳さん(83)

ほっとインタビュー2019年11月5日 10時51分
新しい備前焼の創造を目指す人間国宝 伊勢﨑淳さん いせざき・じゅん氏=1936年、備前焼の里・岡山県備前市伊部に生まれた。古備前の伝統技法を研究し、備前焼作家の父・陽山氏、兄・満氏と共に1961年に窖窯を復活。66年、日本工芸会正会員。2004年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

2004年、備前焼の人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定された。金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄の4氏(いずれも故人)に続いて5人目だ。古備前の技法を研究し、登り窯の普及で約100年間途絶えていた「窖窯」を復活させ、鮮やかな火襷を特徴とする多くの作品を生み出し続けている。伝統技術を守り伝えると同時に「現代の日本人の生活環境に合った新しいものを創造しなければ意味がない」と強調し、オブジェを含め、新時代の備前焼の創造に日々取り組んでいる。

河合清治

鮮やかな火襷の作品が印象的ですね。

伊勢﨑 登り窯ではなく、窖窯で焼くと、古備前のように火襷がとても鮮やかに現れます。

備前焼800年の歴史の中で、江戸時代まで約700年間は窖窯が使われていました。山の斜面を掘って築いた半地下の窯ですが、登り窯と違って部屋の仕切りがありません。天保時代に登り窯が登場し、量産に適しているということで広がりを見せ、備前焼も登り窯を使うようになりました。

私は岡山大卒業後、父の陽山のもとで備前焼に本格的に取り組むようになりましたが、その中で、名品といわれる「古備前」の良さを出すには窖窯でないとできないと考えるようになり、父と兄の満と3人で協力して1961年に復活させました。

それまで窖窯を復活しようとした人はいなかったのですか。

伊勢﨑 誰もいなかったのでかなり難しかったですね。約100年途絶えていたわけですから。でも伊部(岡山県)には古い窯跡がたくさん残っていて、その周辺に落ちている焼き物の割れた破片を調べて回りました。単なる破片ですが、その中にはいろんな情報が入っていました。土の作り方とか制作の技法、窯の焚き方、焼成技法、窯の詰め方など、多くのことを教えてくれました。

窖窯が完成した年に父が他界しました。その後、兄とは2年ほど一緒に窯を使い、以来、私が60年間、何度か窯を造り直しながら焼き続けています。復活させた後も10年間くらいは窖窯を使う作者はいませんでしたが、少しずつ登り窯から切り替える人が増えてきました。

すごい探究心とこだわりですね。

伊勢﨑 備前焼というのは釉薬を使わないので、土作りがとても大切です。そのまま表面に出てきますから。土と向き合い、その土がどういう形に、どういう表現をしてほしいのか、土と対話しながら一番ふさわしいものを考えていきます。

そして制作されたものを窯に入れ…

つづきは2019年10月23日号をご覧ください

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