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日雇い労働者の街で人権を守るため闘う弁護士 遠藤比呂通さん(59)

ほっとインタビュー2020年1月21日 13時04分
日雇い労働者の街で人権を守るため闘う弁護士 遠藤比呂通さん えんどう・ひろみちさん=1960年、山梨県生まれ。84年に東京大法学部助手となり、87年、東北大法学部助教授(憲法講座)。97年に弁護士となり、98年に「西成法律事務所」を開設。著書に『人権という幻―対話と尊厳の憲法学』『希望への権利―釜ヶ崎で憲法を生きる』など。

日雇い労働者の街・釜ケ崎(大阪市西成区あいりん地区)で、労働者やホームレス、在日コリアンら弱い立場の人に寄り添いながら、弁護士として21年間、活動を続ける。

27歳で東北大助教授(憲法学)に就職したが沖縄訪問をきっかけにクリスチャンとなり、36歳で大学を辞職。宣教師として働く決心をした。

釜ケ崎に移住後、現地で法律家が不足していると知って弁護士に。現在も労働者の権利を守るため、法律を武器に闘い続ける。

須藤久貴

33歳でクリスチャンになったのはなぜですか。

遠藤 私はもともと宗教的人間ではありませんでした。10代、20代の頃は違うものが「神」でした。名誉や権力に憧れ、検察官になりたくて東京大法学部に入りました。エリートになって立身出世したいという思いにとりつかれていたのです。

30代になり父が亡くなった頃、1992年12月に座談会の仕事があり、沖縄を初めて訪ねました。太平洋戦争中に集団自決があったチビチリガマ(読谷村にある鍾乳洞)の前に立った時、私は自分が当時、兵隊の一人だったらどうしていたかと考えました。きっと私は、日本兵がしたのと同じように、手りゅう弾を沖縄県民に手渡して、天皇陛下のためと称して集団自決の名のもと「虐殺」しただろう、という恐怖が襲ってきました。

自分は沖縄県民の側ではなく手りゅう弾を渡した側にいるのだと悔いたその時、私は初めて「祈り」をしました。その後、仙台に帰り、初めて神様に祈ってみました。「私は何をすればよいでしょうか」。すると答えがありました。「ルカによる福音書」には、自らを正しい人間とうぬぼれているパリサイ人(律法主義者)に向かって、なぜ悔い改めないのかとイエスが迫る場面があります。これを私は、知的エリートである自分に対するものとして受け止め、洗礼を受けました。

洗礼を受けた93年、英国に留学し、その時、宣教師になる決意をした。決心のきっかけは?

遠藤 ケンブリッジに留学していた時、神様から「大学を辞めろ」と言われているような気がして、それがずっと消えなくなりました。英国国教会の牧師に相談すると「神はそんなことは言わない。行き先が決まってから辞めるべきだ」と助言されました。

94年5月、牧師の代わりに現地の日本人学校の中学生約20人に話をする機会があり、水泳部だった中学時代の話をしました。バタフライが泳げなかったのに「泳げる」と…

つづきは2020年1月8日号をご覧ください

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