「納得のいく死」を考え続ける解剖医 池谷博さん(51)

犯罪死の見逃しを防ぐ役割が期待される解剖医(法医学医師)として年間約150体の解剖に従事する。臨床宗教師と共に突然死した人の遺族の心のケアを考える勉強会を今月に立ち上げ、人が悔いなく生きられるよう医師の立場から納得のいく死を考えている。
4月に施行された死因究明等推進基本法では専門家育成の推進が盛り込まれた。「医師増員は構造的に困難」と指摘するが「犯罪被害者がどのように亡くなったかを解明することは犯罪の適切な評価につながる」ため必要と訴える。
須藤久貴
昨年7月の京都アニメーション放火殺人事件では、36人が亡くなり、33人が重軽傷を負いました。
池谷 京都地検が全員の死因究明をすべきだと主張しました。京都府立医科大法医学教室では25人を執刀しました。現場の混乱状況は、遺体から目に見えるように分かりました。
同じ場所で複数人が同時に殺されたとしても、一人だけ解剖すれば全員の死因が分かるというものではありません。死因は違うかもしれません。一人一人可能な限り解剖をして、きちんと調べるべきです。
単に解剖だけやればいいというものでもありません。階段から落ちて亡くなった人を扱うときは、スタッフに階段の計測をしてもらっています。私は2級建築士でもあるので、階段が建築基準法上適法に作られているかどうかもチェックします。例えば公共の施設で最後の段だけ高さが違っているなら建築物に問題があるということですから、再発防止策を講じる必要も出てきます。
新型コロナウイルスに感染した遺体は扱いましたか。
池谷 京都府内で感染の疑いがある変死体については、3月以来全て府立医大で診るように依頼し、CT(コンピューター断層撮影)やPCR検査を行っています。でもふたを開けてみたら、実際に罹患していた人はこれまでのところ、いませんでした。
死因究明等推進基本法が4月に施行されました。基本法には法医学の研究拠点整備や専門家育成支援などが盛り込まれています。
池谷 警察庁によると、全国の警察が異状死(変死)として取り扱った死体数は昨年1年間で約17万2千件。このうち司法解剖や承諾解剖などによる解剖が行われた数は約2万件。解剖率は11・6%です。日本全体の死亡数(約137万6千人)を分母に取ると、解剖率は2%以下に減ります。極めて少なく不十分です。
遺体を解剖して死因究明を行うことは、犯罪の発見につなが…
つづきは2020年6月24日号をご覧ください