PR
購読試読
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
墨跡つき仏像カレンダー2021
PR
墨跡つき仏像カレンダー2021 第17回「涙骨賞」を募集

関東大震災朝鮮人虐殺証言集の編者 西崎雅夫さん(60)

ほっとインタビュー2020年9月24日 11時30分
関東大震災朝鮮人虐殺証言集の編者 西崎雅夫さん にしざき・まさおさん=1959年、東京都足立区生まれ。明治大在学中、「関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し慰霊する会」発足に参加。中学校教諭として勤務しながら、社会教育団体「グループほうせんか」発足時の代表世話人を務める。現在は「ほうせんか」理事。

1923年9月1日に発生した関東大震災では流言で多くの朝鮮人が虐殺された。東京都墨田区旧四ツ木橋近辺での聞き書き調査で、自警団・軍による虐殺を知った市民らは追悼を続け、2009年には現場近くに追悼碑を建立した。

追悼碑を管理する「ほうせんか」の西崎雅夫理事は都内全域の目撃証言を郷土資料から発掘。『関東大震災朝鮮人虐殺の記録 東京地区別1100の証言』(現代書館刊)にまとめた。3年後には100年を迎えるが西崎氏は「終わっていない」と語る。

山縣淳

「ほうせんか」がこの地域で追悼を始めたのは。

西崎 きっかけは東京都足立区の小学校の先生、絹田幸恵さん(故人)です。1920年代後半、荒川放水路の歴史を調べ、流域のお年寄りの話を聞いていた。たまたま旧四ツ木橋周辺で、開削工事も大変だったけど、関東大震災ではもっと大変なことがあった。朝鮮人がたくさん殺されて河川敷に埋まっていると知り、絹田さんの呼び掛けで前身の会が82年にできました。

当時、私は大学生で、近所の足立区西新井で生まれ育ち、子どもの頃、夏は河川敷で毎日のようにサッカーをやっていた。そのすぐ下流に遺体が今も埋まっていると聞いて驚き、参加しました。

橋の近辺でどんな事件があったのですか。

西崎 掘削工事は明治末から20年ほど続き、関東大震災当時、植民地の朝鮮半島から大勢が働きに来ていた。この東京東部は朝鮮人がたくさん住んでおり、街中の工場でも力仕事で働いていた。

震災でこの一帯は焼け残り、焼けた南西部から人々がどんどん避難してきた。荒川で行き先を防がれ、四ツ木橋を渡るしかなかった。逃げる中で流言飛語が流れました。火事は「朝鮮人が火を付けたからだ」、火の中で物が爆発すれば「朝鮮人が爆弾を投げた」とデマが流れました。

「朝鮮人が襲ってくる、身を守らなければならない」と自警団が四ツ木橋の手前に検問所を作って、朝鮮人を見つけ次第、次々と殺した。証言者の曺仁承(チョインスン)さんは検問所ができる直前に向こう側に渡り、対岸の自警団に仲間と縛られ「朝までおとなしくしていたら命だけは助けてやる」と土手に座らされていました。夜になると墨田区側から叫び声がする。朝になって自警団に連れられ、橋を渡ると両側は同胞の死体の山だったといいます。

その後、千葉県習志野から騎兵連隊が朝鮮人の暴動を信じ、武器を持って出動した。地域に住む浅岡重…

つづきは2020年9月9日号をご覧ください

神話の魅力を伝える声優 小山茉美さん

神話の魅力を伝える声優 小山茉美さん

9月7日

アニメ「Dr.スランプ アラレちゃん」の主人公をはじめ数多くのアニメキャラクターを演じ、声優ブームをリードしてきた。 今、自ら台本を作り、語り継ぎたい物語がある。日本神話…

核廃絶を訴え続ける日本被団協代表委員 田中煕巳さん

核廃絶を訴え続ける日本被団協代表委員 田中煕巳さん

8月3日

原爆投下からもうすぐ75年――。あの日の長崎のことは今も決して忘れることはできない。被爆者として核兵器廃絶を訴え続けてきたが、自身も含め日本原水爆被害者団体協議会(日本被…

「納得のいく死」を考え続ける解剖医 池谷博さん

「納得のいく死」を考え続ける解剖医 池谷博さん

7月7日

犯罪死の見逃しを防ぐ役割が期待される解剖医(法医学医師)として年間約150体の解剖に従事する。臨床宗教師と共に突然死した人の遺族の心のケアを考える勉強会を今月に立ち上げ、…

第17回「涙骨賞」を募集
PR

異なる原理 最善の交流の道を探るべき

社説10月21日

人間の尊厳と宗教 いのちの本源的な領域

社説10月16日

学術会議任命拒否 理解できる理由の説明を

社説10月14日
お知らせ
このエントリーをはてなブックマークに追加