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祈りの造形を撮る「飛鳥園」社長 小川光太郎さん(66)

ほっとインタビュー2020年11月9日 09時26分
祈りの造形を撮る「飛鳥園」社長 小川光太郎さん おがわ・こうたろうさん=1954年、京都市出身。精華短期大デザイン科を卒業後、インテリアデザイン会社勤務を経て、飛鳥園に入社。2013年から現職。文化財等の撮影や、寺社の刊行物の発行などの業務を手掛ける。

古美術写真の第一人者として、数多くの寺社文化財や仏教遺跡等を撮影し、飛鳥園を創業した小川晴暘氏(1894~1960)。孫で3代目社長の光太郎さんは、人々の祈りに焦点を当て精神性を表現することの大切さを受け継ぎ、写真を通して信仰の姿を伝えている。

原田梨里

仏像写真を中心に撮影する写真館として歩み始めたきっかけは。

小川 創業者の小川晴暘は東京で写真家・丸木利陽氏に師事し、その写真館で明治天皇御真影調整掛主任を務めていました。その後、奈良の現在飛鳥園がある場所に下宿し、朝日新聞大阪本社で写真部員として勤務する傍ら、石仏などを撮り歩きました。下宿のショーウインドーに写真を展示していたところ、後に歌人で書家、美術史家として高名になる会津八一氏の目に留まったようです。

会津氏は「光の捉え方がうまい」と晴暘に仏像写真の撮影を勧めます。それを受けて晴暘は、大正11(1922)年に仏像写真撮影を専門とする写真館の飛鳥園を創業しました。

晴暘氏はなぜ仏像に関心を持ったのでしょうか。

小川 御真影調整掛をしていた経験もあり、威厳や神聖さなどを写真で表現することを体得していました。私の推測ですが、天皇と仏像に何か通じるものを感じたのではないでしょうか。

当時の仏像撮影では背景は使わないか白を使うのが一般的でしたが、晴暘は影の部分を恐れず黒を使用しました。黒い背景に浮かび上がる仏の姿は、これまでの資料写真とは全く異なる内に秘めた精神性を感じさせるものでした。

仏像の撮影に対する思いは。

小川 仏像には、造像を発願した人や造像に携わった人、そして礼拝する人々の祈りが込められています。晴暘はその祈りや思いを見つめ、精神性をいかに引き出すかに取り組んでいました。当時は照明がなく、お堂に差し込むわずかな光を鏡で反射させて仏像を照らし、様々な角度から撮影して、最も精神性が現れる一点を探したようです。

晴暘から飛鳥園を引き継いだ三男の小川光三は「仏像は人々の祈りが秘められた心の造形であって、我々の遠い祖先の祈りや想いに焦点を合わすことが『仏像を撮る』事だと思う」と話しています。光三は先代とはまた違う視点で撮りたいという思いを持っていましたが、精神性を追求すればするほど、同じアングルや視点にたどり着くと悔しがっていました。二人とも試行錯誤を繰り返し、無限にある視点の中から同じポイントを見つけ出した…

つづきは2020年10月28日号をご覧ください

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