永遠の生存を説く生物学者 本川達雄さん(72)

自分が死んだら終わりと考える現代人。しかし『ゾウの時間 ネズミの時間』の著者は、生物学の立場から「自分とは次世代も含めて続いていくもの」と説く。経済活動が招く地球温暖化や資源の枯渇――。次の世代を考慮しない今の人たちの生き方、社会の在り方に警鐘を鳴らす。
赤坂史人
ご専門のナマコの研究を始めた経緯は。
本川 私は団塊の世代、物をどんどん作って豊かになろうという世代です。大学では理系なら工学部、文系なら経済・法学部に皆行きたがる。でも、これ以上、全員が金もうけに走らなくてもいいじゃないかと感じ、地道に真理を追究する学問をしたかった。となると理学部か文学部です。
理学部は素粒子物理学が花形で、素粒子のような基本粒子さえ分かれば全てが分かるという雰囲気でした。他方、文学部は心が分かれば全て分かると考える。主張が両極端に分かれていますね。私にはどちらの見方も偏ると感じられたんです。二つの真ん中の立場から眺めたら全体がつかめるのではないか……。そう考えて生物学科に進学しました。研究してきたのはナマコ、ウニ、ヒトデ、貝、サンゴ、ホヤ……全て脳を持たない動物です。
なぜ脳がない生物を。
本川 脳があると、脳で全てが分かるという考え方に引きずられるじゃないですか。脳がなくたって生きていける動物はいるんです。脳死が生物の死だっていったらナマコなんか生きていないですよ。
ナマコを観察して分かったことは。
本川 沖縄の海に行ったらナマコがごろごろいる。近づいても逃げない。逃げ足の遅い動物は隠れるか硬い殻で身を守るのに、ナマコは違う。でも食われもせずにたくさんいる。これは研究すべきだと思い、まずナマコを丸一日海の中で見ていたんです。見ていても、全然動かない。
私はキリスト教の学生寮にいたんですが、こっそり坐禅会にも顔を出し、白隠禅師の「隻手の声を聞け」の公案をもらって坐っていました。両手を合わせれば音が出るが、片手の音を聞け。これは矛盾ですよね。動かないナマコの動きをずーっと見ていて、隻手と同じだなぁって思いましたね。
この時に湧いた妄想が「こんな動かないナマコに流れている時間と僕らに流れている時間は果たして同じか? 動物により時間が違うのではないか?」です。それが後年、拙著『ゾウの時間 ネズミの時間』になりました。
…つづきは2021年1月27日号をご覧ください