仏典を専門とする翻訳家 大竹晋さん(47)

伝教大師最澄の1200年大遠忌を迎えた昨年、最澄の確実な著作全てを個人で翻訳し『現代語訳 最澄全集』全4巻として同時刊行する偉業を成し遂げた。大学教師を辞し、在野で仏典の翻訳や仏教書の執筆を続ける。「今後も翻訳と執筆とに一生を捧げたい」と意気込む。
須藤久貴
全4巻に及ぶ『現代語訳 最澄全集』(国書刊行会)を昨年刊行された。なぜ全訳を試みたのですか。
大竹 ほかの宗祖たちにはたいてい現代語訳全集があるのに最澄にはありません。だからやってみたいと前から思っていましたが、昨年、大遠忌が来ましたので、この機会に合わせて実現しました。
最澄に関する研究は現在では多い印象があります。これまで全訳がなかったというのは意外です。
大竹 最澄の著作には法相宗の徳一を批判したものが多いのです。天台学の知識があっても唯識学の知識がないと理解できない。それで全訳もなかったのです。僕は唯識学を専攻しましたので、その知識を生かして全訳しました。翻訳には2019年から21年3月まで約2年間かかっています。
全4巻、延べ約2千㌻のうち、徳一との論争が3巻分を占めます。
大竹 願文や山家学生式、顕戒論などの著作が1巻「入唐開宗篇」に、徳一との論争は「権実諍論篇」として2~4巻に収録しました。一切衆生が成仏できるとする最澄の一乗思想が真実か、成仏できない衆生もいるとする徳一の三乗思想が真実かについての論争です。
全て読みきる人ばかりではないと思いますが、必要な時に必要な人が必要な箇所を図書館などで読むのであっても十分に素晴らしいと思っています。
最澄といえば入滅まで大乗菩薩戒による大乗戒壇設立を願ったことが知られています。
大竹 最澄は当時世界中のお坊さんが受けていた二百五十戒は小乗戒にすぎず、天台宗のお坊さんは二百五十戒を受けなくても『梵網経』の大乗菩薩戒である十重四十八軽戒を受けるだけでよいと考えました。この考えに基づいて、その後の天台宗やそこから派生した諸宗のお坊さんは二百五十戒を受けず十重四十八軽戒を受けています。しかし『梵網経』は5世紀の偽経であることが今は分かっています。
最澄は、天台宗のお坊さんが十重四十八軽戒を受けて12年を山で過ごした後、利他のために二百五十戒を受けてもよいとも認めています。二百五十戒を受けることはお坊さんの世界基準ですから、僕は日本でも志あるお坊さんは最澄が認めた…
つづきは2022年2月9日号をご覧ください