PR
購読試読
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
お位牌Maker
PR
宗教文化講座 翠雲堂

プラチナ・プリントで表現する写真家 井津建郎さん(72)

ほっとインタビュー2022年3月22日 10時41分
プラチナ・プリントで表現する写真家 井津建郎さん いづ・けんろうさん=1949年、大阪府生まれ。日本大芸術学部に進学。71年渡米。79年から世界の聖地を巡るシリーズを開始。カンボジアとラオスに無料の小児病院を開院。世界的業績を顕彰するルーシー賞など受賞歴多数。現在、東京都千代田区の半蔵門ミュージアムで特集展示を開催中(5月22日まで)。

世界中の聖地を巡り、その地からにじみ出る一滴のエッセンスを求める旅が始まったのは約40年前。現地の緻密な質感、濃密な空気感を、白と黒のトーンが無限とされる写真技法「プラチナ・プリント」で表現する。それは「聖地という精神世界の具象物体を通して、自身の道を模索する行為」という。

赤坂史人

ずいぶん大きなカメラですね。

井津 これは米国シカゴのディアドルフ社製の特注品で、世界に一つしかありません。付属品一式を含めて重さ120㌔ありますが、各地の聖地に運んで撮影しています。標高6500㍍で撮影したこともあります。

超大型なのでネガを引き伸ばさず、そのままプリントすることができます。通常、引き伸ばす際、ネガと印画の間に空間を作って画像を拡大します。すると画像が劣化しますし、ネガと印画の間に別の空気が介在してしまいます。しかし、私が行う手法はネガと印画を密着プリントするもので、聖地の空気感をそのまま写真に封じ込めます。しかも、白金を用いたプラチナ・プリントは白から黒のトーンの階調が無限です。普通の写真では真っ黒、真っ白になってしまうような所もしっかりと立体感を表現できます。一枚一枚が手作りの芸術作品です。

ニューヨーク(NY)を拠点とした理由は。

井津 中学生の時から顕微鏡にカメラを付けて細胞分裂や細菌を撮るなどし、写真に興味を持っていました。大学(日本大芸術学部写真学科)に進みましたが、50年前の日本は写真が展示収蔵される美術館はなく、写真がアートとして扱われていませんでした。しかし、NYには写真を扱うMoMA(ニューヨーク近代美術館)があり、写真は芸術品として認められ、画廊をはじめしっかりとした市場もありました。アートとして写真を評価してくれるNYを見てみたいと思い、休学して米国に渡りました。初めは皿洗いのアルバイトをしながら写真を学び、やがて写真スタジオの助手の仕事を経て、独立しました。

聖地ではまず祈りを捧げると聞きました。

井津 29歳の時に撮ったサッカラのピラミッドの写真がデビュー作です。巨石と聖地を取り巻く密度の濃い空間に深い感銘を受け、聖地の撮影を始めました。祈りを捧げるようになったのは、その時の体験からです。ピラミッドの内部深くにある墓を見学し、帰る際に背後の墓からものすごい“気”のようなものが押し寄せてきたんです。周りにいた人たちも同様で、一緒に必死に出口ま…

つづきは2022年3月9日号をご覧ください

障害者も等しく幸せに暮らせる社会を目指す 石川明代さん

障害者も等しく幸せに暮らせる社会を目指す 石川明代さん

4月25日

自らも車椅子生活を送る障害の当事者。障害者の社会参加や多様性に基づく社会の実現のため、持ち前のポジティブさと行動力で取り組んでいる。かつては「神社仏閣は障害者の敵」とされ…

仏典を専門とする翻訳家 大竹晋さん

仏典を専門とする翻訳家 大竹晋さん

2月28日

伝教大師最澄の1200年大遠忌を迎えた昨年、最澄の確実な著作全てを個人で翻訳し『現代語訳 最澄全集』全4巻として同時刊行する偉業を成し遂げた。大学教師を辞し、在野で仏典の…

一人で両部曼荼羅を描いた仏画家 染川英輔さん

一人で両部曼荼羅を描いた仏画家 染川英輔さん

2月1日

貧しかった幼少の頃から絵と宗教に救いを求めてきた。東京芸術大卒業後、住職夫妻と出会い、本格的に仏画家としての道を歩み始めた。胎蔵曼荼羅、金剛界曼荼羅に一人で挑み、18年か…

いのちを社会で育てる 内密出産と不妊治療

社説5月20日

戦争の愚かさ 時代遅れの悪質なプライド

社説5月18日

介護用品贈与通じ 支え合いの精神広める

社説5月13日
このエントリーをはてなブックマークに追加