プラチナ・プリントで表現する写真家 井津建郎さん(72)

世界中の聖地を巡り、その地からにじみ出る一滴のエッセンスを求める旅が始まったのは約40年前。現地の緻密な質感、濃密な空気感を、白と黒のトーンが無限とされる写真技法「プラチナ・プリント」で表現する。それは「聖地という精神世界の具象物体を通して、自身の道を模索する行為」という。
赤坂史人
ずいぶん大きなカメラですね。
井津 これは米国シカゴのディアドルフ社製の特注品で、世界に一つしかありません。付属品一式を含めて重さ120㌔ありますが、各地の聖地に運んで撮影しています。標高6500㍍で撮影したこともあります。
超大型なのでネガを引き伸ばさず、そのままプリントすることができます。通常、引き伸ばす際、ネガと印画の間に空間を作って画像を拡大します。すると画像が劣化しますし、ネガと印画の間に別の空気が介在してしまいます。しかし、私が行う手法はネガと印画を密着プリントするもので、聖地の空気感をそのまま写真に封じ込めます。しかも、白金を用いたプラチナ・プリントは白から黒のトーンの階調が無限です。普通の写真では真っ黒、真っ白になってしまうような所もしっかりと立体感を表現できます。一枚一枚が手作りの芸術作品です。
ニューヨーク(NY)を拠点とした理由は。
井津 中学生の時から顕微鏡にカメラを付けて細胞分裂や細菌を撮るなどし、写真に興味を持っていました。大学(日本大芸術学部写真学科)に進みましたが、50年前の日本は写真が展示収蔵される美術館はなく、写真がアートとして扱われていませんでした。しかし、NYには写真を扱うMoMA(ニューヨーク近代美術館)があり、写真は芸術品として認められ、画廊をはじめしっかりとした市場もありました。アートとして写真を評価してくれるNYを見てみたいと思い、休学して米国に渡りました。初めは皿洗いのアルバイトをしながら写真を学び、やがて写真スタジオの助手の仕事を経て、独立しました。
聖地ではまず祈りを捧げると聞きました。
井津 29歳の時に撮ったサッカラのピラミッドの写真がデビュー作です。巨石と聖地を取り巻く密度の濃い空間に深い感銘を受け、聖地の撮影を始めました。祈りを捧げるようになったのは、その時の体験からです。ピラミッドの内部深くにある墓を見学し、帰る際に背後の墓からものすごい“気”のようなものが押し寄せてきたんです。周りにいた人たちも同様で、一緒に必死に出口ま…
つづきは2022年3月9日号をご覧ください